小春日和の温かい日と、冬を思わせる寒い日とが交互に繰り返されながら、着実に晩秋を迎えようとしています。
この文化祭は、28年前、障害を持った方々にも生きる勇気を持っていただくため、身近な文化を普及させたい思いで、初代
自民党道連全道支部長会議に於いて、衆議院北海道第7区(根釧地区)から出馬し、見事現職民主党議員を破り、小選挙区で当選されました、伊東良孝衆議院議員が道連会長就任ご挨拶をされました。今回の衆議院議員選挙の反省を含め、道連が道民と共に歩んで歩み、北海道発展と道民の幸福のために頑張る決意を爽やかに述べられました。自民党に頑張る決意を沸かせる新たなニューリーダーです。
毎年、北海道神宮例大祭の本年番と山車年番がありますが、山車年番について、今年の本府祭典区から来年の山鼻祭典区への引継式が行われました。毎年2月に行われていましたが、準備の都合もあるので今年から10月にしたそうです。市内各地にある8機の山車を中心部に廻すのは大変な事業です。山鼻地区の皆さん、本当にご苦労様です。お手伝いさせて下さい。
更正保護施設大化院の理事会に出席。
山鼻地区の南18条西13丁目(西屯田通り)交差点の手押信号が点灯しました。ここは、伏見小学校の通学路です。今年、地元の町内会から手押信号設置の要望が出まして、地元の皆さんと関係諸方面にお願いした結果、10月23日から供用開始となりました。関係者の非常に早い対応に感謝します。子ども達が交通事故に遭わないように地域ぐるみで守っていきましょう。
自民党所属の石狩管内市町村議員で構成する、地方議会石狩管内議員会の総会・懇親会に出席。旧交を温めました。 薄野交番の警察官と地域で生活する皆さんとが交流をするための『番の会』に出席。警察官が地域で生活する皆さんとで交流をすることは余りありませんが、薄野は交流が盛んで、顔なじみの方々が多くなりつつあります。犯罪のない街にしたいという皆さんの熱意によるものでしょう。
札幌フォークダンスクラブ61周年パーティーが
平成21年度
北全調(北海道の全調理師の会)の研修大会。料理コンクール、懇親会など朝から1日がかりの事業です。知事表彰を受けた方々をお祝いする会でもあります。本当に我々道民、そして観光客の皆さんに美味しい料理をありがとうございます。
26日、北海道新幹線、新茂辺地西トンネル着工安全祈願祭に、新幹線・総合交通体系対策特別委員会の副委員長として出席しました。早朝から丘珠空港函館へ飛び、車で北斗市にある現場に直行し、森委員長と合流しました。新函館駅まで6つのトンネルを掘るそうですが、当地が5つ目のトンネルだそうです。安全祈願祭が終わり、鉄道・運輸機構北海道局長の名越次郎さんの案内で、新茂辺地東トンネルの現場を視察しました。約70%近く掘っているそうです。現場で働く皆さん真っ黒になって働いて頂いております。本当にご苦労様です。現場をみると一歩一歩北海道新幹線建設が前進していることを実感します。平成27年、新函館まで開通する予定です。
長年障害を持ちながらも、努力して自立してこられた方々を市長表彰、
この会合の懇親会を途中で抜けて、上京しました。
27日は国会、霞ヶ関を情報収集で廻りました。政権交代とは恐ろしいものです。肌で感じます。自民党は野党に成りきれない民主党は与党に成りきれない、ギクシャクした感じです。民主党は政府・霞ヶ関に対する陳情は受け付けず、民主党都道府県連で受け付けして優先順序をつけて、党が政府に上げるシステムを作るという方針だそうです。国民の声を直接、政府・霞ヶ関は聞かないのか?それが果たして変革か、ファシズムそのものだろう!と私は強い憤りを感じます。
28日帰札、中国瀋陽市から友人2人が札幌に仕事で来ました。久しぶりの再会でした。夕食を取りながら昔話を楽しみました。
豊平体育館で行われた、第28回札幌レディースバドミントン連盟対抗団体選の開会式で主催者挨拶をして参りました。31組205選手参加の札幌レディースバドミントン連盟最大の試合です。その中で、平成24年には札幌で全国大会が開催されることを報告するとともに協力依頼をお願い致しました。
自民党道連団体要望を各団体からお聞き致しました。伊東良孝道連会長も参加され、来年度予算要望をお聞き致しました。信頼できる団体にこそ自民党を愛して頂いています。ありがとうございます。
ご支援頂いている方のお孫さんの結婚披露宴にお呼ばれして、久しぶりの結婚披露宴でした。若いことは良いことですね。胸膨らませて新婚生活を始めるお二人です。何時までもお幸せに!
お世話になっている会社の60周年記念パーティーに出席させて頂きました。戦後間もない昭和24年に会社を立ち上げられた創業者が元気にご挨拶されておりました。ご苦労も多かったと思いますが、現在はお孫さんが社長になられて頑張っておられます。
自民党
札幌市中央卸売市場が開設50周年を迎え、記念式典で長年の功労者に表彰があり、続いて披露宴がありました。昭和34年12月に開設され(全国17番目)青果業務開始、同35年4月に水産業務が開始されました。多くの市民の台所としての役割を果たして活躍しましたが、最近は流通のシステムが大きく変わり、場外流通が盛んになり中央卸売市場を通さないかたちで水産、青果が流通しています。また、市民の食生活の変化もあるのですが、中央卸売市場の売り上げが下がっています。市民の口に入る食料の安全・安心は誰が保障するのでしょう?