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      近況報告  平成22年2月下旬

土曜日, 3月 06, 2010

まだ寒さがつのりますが、春を思い出させるような晴天があると気持ちもいささか楽しくさせる気分になります。2月のも後半になりました。

  

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  14日は中央区南円山連合町内会の恒例雪中大運動会の開会式に参加しました。大人も子供も1日楽しく雪と遊ぶ運動会です。子ども達が、地域の人々や親と一緒に遊ぶ良い経験だと思います。お昼には地域の女性部の皆さんが作ってくれた、豚汁を皆で食べる行事です。毎年参加していますが地域の皆さんの子ども達への愛情を感じています。 

 

 

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 あるお寺の住職、若住職、上人3人の100日修行をされた帰還報告会がありました。昨年の11月1日から今年2月10日までの100日間、修行場に入り、朝2時半の起き3時水かぶりその後お経を読み、朝5時一杯にお粥を頂き、6時水かぶりその後お経を読みと言うように1日、7回の水かぶり、その間お経を読み続けて2度のお粥を頂き、寝るのが2時間半であり体の限界までを100日続けるわけですから、半端な覚悟では出来ません。帰還報告会では、一緒に修行された仲間に住職と玄関前で樽いっぱいの水かぶりを致した姿がこの写真です。本当にご苦労様でした。 16日昼に議会運営委員会があり22年第一回定例会の会期を決めました。2月23日から3月24日までの30日間と致しました。その後、会派議会運営委員の皆さんと現局の一定例会の課題などの意見交換などしながら夕方5時までの勉強会を開き今後の参考に致しました。 

  

 

自民党札連の役員と市議、道議、10区役員との懇親会が開かれました。政権党時代は、普通は会議ばかりの行事でしたが、野党にになり、はじめて懇親を深めようと試みたものですが、良い機会だったと思います。それにしても10年前に札連の幹事長をさせて頂きましたが、殆ど役員が変わっていました。知っている役員は数名でした。自民党札連の役員の深々代謝は果されています。 自民党第一選挙区支部の拡大役員会があり、支部長の長谷川岳さんが、次期参議院議員候補に選考された経過報告があり、長谷川岳さんから決意を込めたお話があり、今後の第一選挙区支部運営についての話し合いがもたれました。早急に支部長を決めなければなりませんが、当面支部長代理を申請することで和田道議が支部長代理になります。宅建協会中央支部で道政市政の報告会を開いて下さり、40分講演をさせて頂きました。北海道新幹線札幌延伸・札幌駅周辺の整備状況について分かる範囲でお話致しましたが、ご理解頂いたでしょうか、良い機会を頂きました。有り難うございました。 

  

 

1番街商店街総会・懇親会にお招き頂きました。北海道でも1番古いと言っても過言でない、名門商店街です。そこは南1条西1丁目から西3丁目が1番街商店街と申します。毎年懇親会にお招き頂き感謝に耐えません。商店街の皆さんといろいろ懇談出来て勉強になります。皆さん宜しくお願い致します。

 

 中日ドラゴンズ立浪和義選手が引退しますが、来札されていることで友人からお誘いがあり、夜食事を一緒に致しました。プロの野球選手と食事をするのは始めての経験でしたが、爽やかな選手で「ミスター中日」と言われることがあるなと思います。プロ野球のこぼれ話など面白く、いずれ落合監督の後の監督になるのではないかと私は直感的に思いました。身の丈をしっかり心得、先輩に可愛がられ、後輩にも尊敬される選手でありたいそして実行している彼に期待したいです。 

 

 

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  20日、「新しい出発を励ます会」がありました。札幌市内、近郊8つの児童擁護施設から26人が巣立って大学進学組や、就職組、家へ帰る子、行き先がまだ決まらない子がおりますが、これまで応援してきた「心の里親会」「心の奨学基金会」が主催になって開催するものであります。毎年御案内を頂き励ましの言葉を申し上げる場を頂いております。今年は何のお話をしたらよいのか迷いますが、心に残るお話をと思い、昨日お会いした立浪和義選手のお話をしました。新人選手が入ってきて3年は頑張れと言っている、人格が分かるし、癖もでる、しっかりやれた選手は最後まで残る確立が高いと言っていた話などを交えて励ましに致しました。

 総会シーズンで各団体へお祝いに、また会員として参加しました。どこも、温かく迎えて頂いて有難いです。 

  

 

 

22日から27日まで札幌市と友好都市であります、中国瀋陽市にスポーツ交流(卓球競技)の名誉団長として役員選手25人と共に参加致しました。この事業は、1昨年まで札幌市スポーツ少年団と瀋陽市国際体育友好協会とで10年間のスポーツ交流を致しておりましたが、21年度から札幌市体育協会と瀋陽市体育局との間で(文部科学省国庫補助事業で日中スポーツ交流事業の中で都道府県・市区町村交流)スポーツ交流をすることになり今回は卓球競技となりましたが、過去10年間のスポーツ交流を見続けてきた私に、是非瀋陽市国際体育友好協会 肖紀善会長からの強い要請から、議会2日間休むことになりましたが会派役員のご理解を頂き、参加することになりました。選手団は上海経由で20日出発でしたが、私は瀋陽市に22日直行致しました。

 

 以下報告を致します。22日、新千歳・関西国際空港から瀋陽へ行きました。数年前までは新千歳空港からの直行便がありましたが残念です。日本時間朝7時50分新千歳発瀋陽着4時30分です。直行便だと新千歳空港から僅か3時間です。その辺も含めて関係者の考え方を聞いてくるのも仕事の一つです。 

 

夕方、瀋陽空港の到着致しますと瀋陽市外事弁公室の初棋さん体育局の伯さんが出迎えに来てくれていました。以前から承知を致しておりますが、初棋さんは3年前1年間札幌市職員として派遣され国際プラザに勤務しておりました。体育局の伯さんは一昨年水泳競技の団役員として来られ顔見知りで、安堵感がありました。

早速、空港から高速道路で市内に入りました。私にとりまして2年ぶりで、15~16回目の訪問ですが街並みが来るたびに変わり浦島太郎状態です。ホテルに着くなり着替えて、市迎賓館にて、副市長表敬の時間が迫っておりました。挨拶文を事務局が用意してくれましたが丸暗記して望みました。

文教担当 王玲副市長(女性)はじめ瀋陽市体育局 除興家局長、体育学校李 勇校長、瀋陽市国際体育友好協会肖紀善会長など幹部、札幌市側は、私と団長(札幌卓球協会副会長)平 公夫さん、監督柳原 正明(札幌卓球協会理事長)はじめ役員・選手(男子高校生5名中学生2名女子高校生5名中学生2名)25名が会談致しました。

 

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 その後隣室で歓迎会を開いて頂き異例の歓迎です。王玲(女性)副市長は文化担当だけあって、瀋陽の歴史について詳しくお話されておりました。1時間ほどの夕食会でしたが、王玲副市長は選手達の席にも行かれ言葉をかわすなど熱烈歓迎を肌で感じました。

 

 

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 23日は朝から公式試合があり体育運動学校で開会式があり、李勇団長と平 団長からそれぞれ挨拶し、選手のエール交換のあと試合が始まりました。男子は圧倒的に札幌が強く北海道を代表する高校生中学生です。女子も五分五分の戦いです。手に汗する試合でした。

 

 

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 午前中に試合が終わり昼食後、遼寧省博物館を全員で視察し歴史と文化生活を知る良い機会であります。紀元前の文化など思いのほか興味がありました。夜は、瀋陽市水泳協会のご招待で、選手達の体力維持のために肉料理をご馳走して頂きました。懇親が始まり途中で昨日の王副市長との会談がニュースに入り皆で見ましたがあっと言う間の映像で、皆であぁと溜息が出ましたが思い出になったでしょう。 

 

 

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 24日は、瀋陽故宮の視察です。清時代の初期の政治の中枢の建物でその後北京に移られたとのことで、選手も始めての中国のお城に興味があるようでした。新設された、瀋陽故宮博物館には、素晴らしい陶器など国宝級のもが飾っております。故宮広場で全員写真を撮りまためいめいが写真を撮り合うなどして楽しいひと時でした。

昼食後、選手達は体育学校で練習時間をとって頂き練習に励みました。

 

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 私はその時間を、瀋陽市残疾人連合会(身障協会)の梁 萬富理事長と面会いたしました。10年前から札幌市身体障害者福祉協会と友好団体として締結しておりますが、近年交流が途絶えているので、故神田直也会長ご逝去の報告と新会長浅香博文氏の親書を持ってお会い致しました。

会談の中で、札幌市身体障害者福祉協会の意向としては友好団体として今後も交流を続けたい旨を伝え、梁 萬富理事長からは、3年前に就任し札幌の交流は前任者からも聞いているが、人的交流ばかりでなく具体的な交流を進めたいとの意向であり、私から具体的な交流について言及いたしました。9月に残疾人の社会参加を促進するために、補装品の展示会を開きたいとのこと是非進んだ技術を持った札幌市を訪問し、障害福祉の理念考え方を勉強したいとの意向があることが分かり、その場で6月訪問をしたいとのこと、携帯電話で浅香会長に連絡し、受け入れを決定致しました。梁 萬富理事長は民生局副局長経験者で福祉関係は優れたものを持った能吏であると感じました。約45分会談し、残疾人連合会センターにある美術館に寄りますと国家的に認められております絵画作家溥軍氏が副理事長になられ久しぶりの再会を楽しみました。約1時間10分後センターを後にしました。 

 

  

夜は、親友、外事弁公室の王副主任と3ヶ月ぶりの再会です。プライベートで知り合いの仲間達と夕食会を開催して頂きました。日本語が皆さん話されるので、会話が弾み楽しいです。途中で元瀋陽市長 張 栄茂さんから王さんに電話が入り、千葉さんが来ているなら是非会いたいとのこと、張 栄茂さんは昔の部下と宴会中でしたが押しかけました。何年ぶりの再会でしょう。昔話に花が咲き遅くまで宴が続き、最後に張 栄茂さんは歌が好きな方で、私のリクエストに応え歌って下さいました。

 

  

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 25日は、公式試合2日目です。瀋陽側は男子の強豪を出してきました。札幌男子は見事に惨敗でした。しかし、北海道では常勝組が瀋陽の強豪と戦ったことは来年の札幌の大会が楽しみです。きっと札幌選手は猛練習するでしょう。女子も五分五分でした。女子も外人と試合をしたことに大きな自信になっていくでしょう楽しみです。閉会式では双方の検討を称え、カップの進呈がありました。両選手同士の写真撮りなど交流があり楽しかった試合が終わりました。 

 

  

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夜は、体育局主催の送別会です。除局長から挨拶があり私から期間中心温まる歓迎受け感謝のお礼の挨拶を致し、除局長の音頭で乾杯、宴が始まりました。選手役員も開放感からホットした様子で、来年の札幌の再会を約束の乾杯が続き、私も各テーブルを廻り選手達も楽しそうでありました。

 

 

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 26日、早朝役員選手達は上海へ出発、ホテルで見送りました。

  

 

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私は、帰札するのも金曜日は大阪便がありませんのでもう1泊することになり瀋陽市近郊本渓市にある鍾乳洞を視察し、夏の観光スポットだそうですが冬に行くことはない鍾乳洞を視察致しました。3キロ底から流れる川にボートに乗り奥まで行ってみました。幻想の世界でした。 

 

  

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夜は親友元外事弁公室副主任で現在環境局局長級の蒋頌杰氏の招待で昔懐かしい人々と会食いたしました。本当に懐かしい人々札幌と瀋陽の友好都市を最初から築いてきた人々です。皆さん札幌に人脈があり何十回と来札している人々です。その中で、札幌~瀋陽便の復活を要望しました。張鳳翔氏が札幌~瀋陽便を作り上げた男であり3月に来札するとのこと、それまでに打開策を考えていただけないかと提案、難しいが考えてみるとのこと。瀋陽市に5泊しました。始めての長期滞在になりました。

 

 27日早朝、瀋陽空港へ、体育局の伯さんと外事弁公室の初さんが送って頂きました。車のなかで伯さんから今回の交流は如何でしたかと感想を聞かれ、良かったと思うが、もう少し選手達が試合だけでなく友人になるための交流も必要でなかったかと正直に言いました。次回は是非相したいとの返事でした。瀋陽空港を飛び立ち関西空港経由で帰札致しました。この度は良いチャンスを頂きました、今年は札幌~瀋陽友好都市30周年を迎え先陣を切って訪問出来たことであります。

1、      卓球競技を通じて高校・中学生の交流が出来たこと。

2、      札幌~瀋陽市の障害者の方々の交流にメドがたったこと。

3、      今ではないが札幌~瀋陽便ないし札幌~ハルピン~瀋陽便の考えた方が皆あること。

只、将来の営業が成りたつかの見極め状態です。 

 

15年前に訪問して以来ですが、多くの友人が出来ました。財産です。有り難うございます。 

 

帰国後空港から直行、中央区東北の榊原千代子さんが亡くなりお通夜にお伺い致しました。長い間後援会役員としてお世話になりました。お参りをしながら一緒に地域にご挨拶廻りをして頂きましたこと思い出し有難く感謝しております。ご冥福をお祈り致します。

  

 

 dsc02176.jpg 翌日、自民党全道支部長会議が開かれ、夏の参議院議員選挙の候補予定意者長谷川岳氏の選考過程について伊東道連会長から紹介があり、長谷川岳氏の決意表明、支部長関係者のご意見を頂き民主党2人擁立に対して自民党絶対1人確保をする、結束集会がありました。 


posted by 千葉英守   |    0 comments

    近況報告  平成21年7月下旬

金曜日, 8月 07, 2009

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7月は雨が多い月になりました、曇り空、雨が多く気温が上がりません。農作物が心配です。

 

7月21日衆議院が解散にありました。自民党が混乱していましたが、両院議員懇談会を開催し麻生総理の心情を吐露することにより、わだかまりがなくなり一致結束して戦いを進めようと団結できました。また夜6時からの国民向けの記者会見は、麻生総理の真剣な語りで今までの取り組みの実績と半面反省すべきところをかたり頑張って行く決意を述べられました。あんな真剣な麻生さんを見たことがありませんでした。人間崖淵に立つといいものがでます。頑張れ麻生総理、自民党、誇りを持って自信をもつて国民幸福の為に頑張ってきた政権政党です。 

    

15日から17日まで道議会来年度予算要望で上京し国会、中央官庁へ要望して参りました。私は新幹線・総合交通体系対策特別副委員長として、前日から入り情報収集に走り回りました。なぜなら要望書を手渡すだけの行為だけはしたくないのです、重要なところは直接伺いアポイントを入れ、森成之特別委員長がきちっと要望できるように時間を取っていただくように段取りで走りました。おおかた、道と打ち合わせした通り16日、17日財務省、国土交通省、横浜にある鉄道・運輸機構に要望が出来ました。ただ、今回廻ってみて感じたことは、8月末までに各省庁概算要求を財務省に来年度予算にあげますが、もし政権が変わって予算組み直しになった場合、物凄い予算編成組み換えの作業になることを危惧していました。負けられない選挙です。

 

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 第30回少林寺拳法北海道大会が旧真駒内アイスアリーナで開催されました。それに先立ち、前日少林寺拳法グループ宗由貴総裁が来札されました。宗由貴総裁が父上故宗道臣開祖から昔来道された時の話を聞いておられていて小樽市銭函の話を聞いていたそうで、一度行って見たいと前からお聞きしていましたので、何人かの役員と銭函の漁師番屋へ御案内いたしました。思い出話に花が咲き夕食を共にしながら、週末に控えているインドネシア世界大会の開催についてテロ行為があったばかりなので心配されておりました。しかし漁師番屋の奥様の手料理に感動して頂き、御案内して良かったと思いながらどこかで父上を思い出しておられたと思います。 

 

  

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大会当日は約1000人の拳士が全道各地から参加され、会場静寂の中鎮魂行の首座を初代連盟理事長西内先生が務めました。私が大会長とて挨拶を致しました。武道が教育界で見直されて少林寺拳法の良さを知って頂くチャンスの時です。皆で頑張って少林寺拳法の技法と教えを普及し、教えの「自己の幸福の為に、他人の幸福の為に」を追求して行きましょうと挨拶。来賓として、高井副知事、高橋道教育長、少林寺拳法拳士である中国駐札幌許愛平さんから祝辞を頂きました。 

 

 

午後、本選終了後、宗由貴総裁から拳士に身近で優しく講話を頂きました。拳士にとって思い出になる講話だったと思います、きっと拳士は自信が持てたでしょう勇気が持てたでしょう。最後に人の為に何をすべきか、記念すべき30回大会になりました。本当に忙しい中、それも世界大会を控え来札された宗由貴総裁には感謝です。有り難うございました。

 

長谷川岳さんのお茶懇を一日担当いたしました。後援会の皆様にはお世話になりました。まだまだ行ないたいと思います。 

 

 英友会・歩む会合同ゴルフコンペを開催して頂きました。私もプレー参加しました。余りスコアはよくありませんでしたアウト55イン47でトータル102ですが、バーディもありパーもあり大変楽しくストレス解消になりました。

 

 

25日から8月1日まで北海道議会と中国黒龍江省議会交流を中心に交流を深めて参りました。中国黒龍江省議会交流は昭和59年黒龍江省を知事、三上道議会議長はじめ訪問して交流を始め、昭和61年友好提携調印以来隔年訪問を続けております。今年は、石井孝一議長団長、自民、加藤唯勝議員、私と、大崎誠子議員、吉田正人議員、民主、岡田俊之議員、長尾信秀議員、市橋修治議員、フロンテア織田展嘉議員、事務局一行13名で訪問致しました。私も中国は何度も訪問していますが公式道議会議員団としての訪問は初めてです。

 

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 ここで簡単に交流報告いたします。25日は午後、新千歳直行便にて遼寧省大連市に入りました。大連飛行場には、黒龍江省議会 楊述森民族橋務外事委員会副主任、外事弁公室 張 宇課員、大連市外事弁公室 陳 宏氏が出迎えて下さりました。大連市の街ははじめてです。プラタナスの街路樹で統一され、近代的な高層ビルが立ち並びその谷間にロシア時代の建物があり、街には電車が走り、中国でありながらヨーロッパ的な街並みに何かロマンチックな始めての大連市との出会いでした。

 

 

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翌日、北京市に移動し、日中友好協会の歓迎を受けました。まず天壇公園視察をさせて頂き、夜は歓迎を込めて日中友好協会理事経済交流都市交流部副部長 郭 寧氏 、王 占起さん、王 磊さんが歓迎レセプションを開いて下さり。日本勤務もある郭 寧氏が日本の政治、近くある衆議院議員選挙の行方を分析され、日中交流のあり方を述べられていました。

   

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翌日は、札幌市の北京事務所を訪問しました。可児敏章室長、道銀派遣 中島康成室長代理から北海道とも連携して様々観光・物産などの事業をしている説明を受けました。その後市内イトーヨーカドー店を視察、女性コーナ、男性コーナ、食品コーナと廻りましたが日本のイトーヨーカドーと何も変わりのない店舗に違和感を感いませんでした。

  

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その後は北京オリンピックメイン施設を視察、見学者も夏休みとあって多く(感じ1万人位)入場料で維持がでそうです。

     

         

 その夕方、黒龍江省へ向いました。約北京空港から約1時間45分でした。ハルピン飛行場は夕暮れで涼しくなっていました。飛行場の貴賓室に通され、黒龍江省人民政府外事弁公室副秘書長 劉 福氏、道庁勤務経験のある副主任 王英春氏 日本担当 李 勝彬氏などが迎えに来てくださり名刺交換を致しました。その間荷物はバスに積まれ市内に向いました。向う高速道路は街路樹で森のようになっていて環境に配慮していることが分かります。市内の入り口の街並みは車のディーラが立ち並び車社会を匂わせます。古い街並みを越えると新開地のような高層ビルが建ち並びます。

 

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ホテルに着くなり早速歓迎レセプションです。外事弁公室副秘書長 劉 福氏の歓迎に挨拶のあと乾杯、その後石井議長から訪問挨拶を致し和やかに会食が始まりましたが、そのうち中国式の乾杯、乾杯の嵐が続きました。いささかこの儀式に慣れている私も、いかに私達を歓迎しているかわかります。 

  

 

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翌日28日黒龍江省政府を公式訪問しました。出迎えたのは 程 幼東副省庁はじめ、張 永洲教育長、郭 銘玉体育局長など幹部が私達と会談いたしました。程 幼東副省庁も体育関係で数年前札幌に来たことがありますがとても綺麗な印象で、ラーメンが美味しかったとの印象を話され、これからも経済・農業・林業・観光と交流を深めましょうと挨拶されました。石井議長も議会交流を深める中で、様々相互に助け合いをしながら道民・省民ために貢献しましょうと挨拶。

 

兼ねてから行って見たかった中国では有名な遠大グループ遠大デパートを視察致しました。

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 3年前、高橋はるみ知事、高橋文明議会議長が参加してはじめて北海道物産展をハルピン市で開催致しました。人脈を持たなかった当時の道庁経済部中国派遣職員が頑張って物産展を開催しました、会場を見たかったからです。その力になってくれた方が、遠大デパートの日本人副社長の森秀奉氏でした。お尋ねしてこれかの北海道物産をハルピンに贈るにはどうすればよいか率直にお聞き致しました。森さん曰く、単品数千個で輸入しても採算が合わないので、中国内で荷受商社を作らなければならないでしょう、なぜなら税関を通すのに2、3ヶ月かかると賞味期限内で売れないので、例えばAデパート、Bデパート、Cデパート、Dデパートと仕入れが出来る商社が必要であり、10、000個ケースを2000個、3000個、4000個、1000個と配給できることができ消化しやすいとのことでした。その後店内を視察致しましたが、日本のデパートと変わりなく、森副社長が日本のデパートのように階の組み換えを行いデパ地下で食料品を並べたそうです。綺麗なフロアーです。

 

  

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昼食後、ハルピン郊外にある経済技術開発区の九三油脂工場を視察致しました。この日は休日で、工場は視察出来ませんでしたが、責任者が工場の説明をして頂きました。大豆を食料油に作り上げる近代的大型工場でハルピンの優良工場の認定を受けています。確かに遠大デパートの地下には九三油が数多く販売されていました。

 

 

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夕方市内の戻り中心部ロシア時代の建物が立ち並ぶ中央大街(若者ファション街を散策し、観光客の多さにビックリ致しました。

 

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夜は、松花江対岸にある迎賓館で黒龍江省人民代表大会(議会)常務委員会表敬訪問を致し歓迎を受けました。場所は最近出来た黒龍江省大きな迎賓館でした。ホテルに帰ると午後7時過ぎで大急ぎで松花江河畔に行き、真っ赤な夕陽を見に行きました。河畔には市民が夕涼みをする方、釣りを楽しむ方、体操をしている方、散歩をしている方々など沢山の市民がおります。先人が松花江に落ちる夕陽は素晴らしいと聞いていましたのでチャンスがありましたのでカメラに収めました。

 

 

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 29日は、ハルピンからバスで2時間大慶市を訪問致しました。大慶市は、人口150万人周辺含め270万人の都市で、中国有数の油田地域です。約40年前に石油を発見埋蔵量約60億トンあり、毎年4000万トン産出して100年間の油田にしたいとのこと。僅か40年で作り上げた街であるが、周辺は広大な湿地帯を囲むように街をつくり、湖や緑を自然を大切にして来ました。そしてお年寄りや社会的弱者に優しい街づくりをして来ましたと大慶市人民大会 展 主任(議長)から説明を受けました。その後石油博物館を視察、現地の石油の歴史を学びました。

  

   

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夜の黒龍江省最後の晩餐会、黒龍江省の外事弁公室の職員さんは疲れ果てている感じです。お酒も最初の歓迎会の時より少なめです、私がいささか感じたので、ある職員に伺いました、今回公式北海道議会訪問にあたり公式訪問の対応は副省長であり副議長であったことが気にかかる何かあったのですかと率直にお聞き致しました。実は鉱山事故がありその報告で急遽北京に行っているとのことでした。大変申し訳ありませんですから副秘書長はじめ外事弁公室、議会があげてお供していますとお聞き致しました。今回黒龍江省側の想像以上の歓迎と細心の気配りをして頂きやはりそうだったのかと思いました。有難い心でいっぱいです。友好の絆を感じます。 

  

 

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30日は、黒龍江省ハルピンでの交流を終え、大連に向いました。昼過ぎ、日本の大きな企業の入っている森ビルの中にある、日本国在瀋陽総領事館大連出張所にお尋ねして、遠山茂所長、中村実領事から、大連の現状をお聞き致しました。日本人にとって暮らしやすいところで、親日であること、日本企業が多く進出して、中国人が日本語を話せる市民が多いこと、日本に近いことなどを挙げ、中国東北部遼寧省の窓口として益々大きくなるであろうと感想を述べておられました。

  

 早田 武志その後、同じビルにある北洋銀行の大連出張所 竹岸 誠二所長と道庁派遣の早田 武志副所長から今後の課題を含めて、税関のクリアをどう対応するかなど、北海道物産を送り込むのは大変であるが、中国企業紹介と北海道企業の縁結びを積極的に行なって生きたいとの説明を受けました。

 

 

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大連で1番大きな星海広場で世界中のビール祭りを行なっています。日本のビールも出店しているようですが、さっぽろビールが参加していないとのことで残念でした。その横を通って国際展示場を視察、大きなイベント会場です。1階は展示場、2階は3000人が入れるコンベンションセンター、3階4階は会議場となっていました。国際化を意識した2っ目の会場だそうです。 

 

 

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31日は、大連ハイテクパーク(高技術産業遠区)の中にある大連毅信軟件有限公司実質社長 白石久充の会社を訪問致しました。白石社長は北海道工業大学卒業後、東芝でITの仕事をしていたのですが、中国に製品の依頼をしても思ったものが出来ないことから単身大連に会社を興し日本企業向けに製品を作り、或いは大連IT産業と連携しながら製品を送り出しています。全て日本向けですから中国人社員も日本的経営を学び、日本を理解し何を求められているかを教えています。私達がお邪魔すると全員が起立して流暢にいらっしゃいませと迎えてくれました。設立して5年ですが何とかやっていますと白石社長の給料も12万円で社員を会社の都合で首にはしないと言い切り忘れかけた日本型経営を思わせるチャレンジを行なっています。頑張ってほしいです。

  

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午後は、旅順に行きました。その名は日露戦争の舞台でした。2006年から大連交通大学情報システム学院中国語・文化センターを視察しました。この施設は、中国が将来高齢化を迎えるにあたり、何が必要なのか、どうすれば良いのか、日本人の高齢者に短期滞在をして頂いて中国語や中国文化を学んで頂き、交流の中から学生達が様々学びたいとの施設とのことでした。1日6000円、1週間3万5千円、2週間6万円、1ヶ月8、3万円です。学費・宿泊・食事・管理費・空港への送迎料が含まれています。個室でトイレ・シャワー付きで大きな部屋には風呂も付いています。学院長も是非北海道のお年寄りにおいで頂きたいとお話されていましたが現在日本人は4名とのこと、まだ良く知られていない施設です。 

 

 

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 最後に今では観光地になっている旅順203高地の戦場であった山に行きました。眼下には旅順港が遠くに見え、そこから攻めた日本軍と山から防戦したロシア軍とは思えないほど今では山林が生茂っていました。山頂には乃木大将揮毫の日本軍戦士の慰霊碑が建っていた。悲しい歴史ですが平和の大切さがしみじみ感じました。 

  

今回の黒龍江省議会交流に参加出来て本当に良かったと思います。大連・北京・ハルピン・大慶・大連・旅順と余り視察した事のない場所を視察が出来ました。広い中国東北部を廻り経済成長を果している中国ですが、成長の影に成長とリスクを抱えている部分も予感もします。格差社会は日本より凄まじいものです。はじめて中国へ行ったのが14年前北京はネオンもなく暗い街でしたそして街路灯の下を人々は自転車で活動していました。今では車社会です自転車で移動している人は稀です。大連の街は人で溢れレストランは市民で溢れています。ハルピンも高層ビルが立ち並び車社会でした、遠大デパートも1日1億円の売り上げ年間360億円、札幌のデパートは1日1億円売り上げていますか。社会主義体制に市場主義を取り入れ壮大な実験を行なっている中国です、国民が我武者羅に生きている姿、国際社会の一員としての地位を獲得すると言う依然の問題で、この時代に乗り遅れないで生きたいとの国民性を感じています。これからもチャンスがあれば中国に行く機会があるでしょうがその中国との政治・経済・福祉・文化スポーツ等交流を通じて真剣に真摯にお付き合いして行きたいと思います。

 

 

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最後に黒龍江省議会 楊述森民族橋務外事委員会副主任、外事弁公室 張 宇課員が黒龍江省ばかりでなく全ての工程を最初から最後大連を発つまで同行頂き様々ご配慮を頂いた友情とご恩を忘れません。来年是非札幌でお迎えしたいと思います。


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◇近況報告 平成21年6月上旬

水曜日, 6月 17, 2009

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 6月、札幌のシンボル藻岩山は新緑にすっかりなり、向夏の季節となりました。北海道よさこいソーラン祭り、北海道神宮大祭など楽しみなイベントやお祭りが繰り広げられます。全国から・道内からお客さんが沢山来札されますことを祈りたいです。 長谷川岳事務所で早朝会議があり、今後の打ち合わせ等緊張します。

 

 来客がつづき、伏見中学校の1年生の授業で学校近隣の事業所にて職業体験実習を毎年2~3人秘書体験をしたい要望があり、今日は2人男子生徒が面接に参りました。この事務所を選んだ理由とか、秘書とはどんな仕事をするのかとかコミュニケーションをとり、6月10日~11日の2日間実習をして頂くことに致しました。 夕方議会に走り、第2回定例会の打ち合わせなど行ないました。

 

 繁富工務店前社長 故繁富文承氏の1周忌に招待されお参りさせて頂きました。ご生前、大変お世話になり数々の思い出のある方でした。ご冥福をお祈り致します。

 

 6月一斉委員会があり、文教委員会で十勝管内高校いじめ問題を取り上げました。もっともあってはならない「いじめが」大きく報道されました。道教育委員会の姿勢を厳しく質しました。各学校に教育委員会の職員を派遣して実態調査をすることを引き出しました。問題はこれからです。「いじめのない」学校づくりを目指さなければなりません。

 

 道議会の議長候補予定の自民党会派の選考選挙が行なわれます。今のところ、石井道議(網走管内選出)、伊藤道議(白石区選出)、板谷道議(苫小枚市選出)、川尻道議(函館市選出)が立候補いたしそうです。会派議員総会で選挙管理員会を立ち上げ、2日から3日昼まで立候補届けを受理し3日昼から各候補の10分立会い演説会となり、投票は4日となりましたが、実は私は前から決まっておりました日本体育協会の事業で「日本中国成人スポーツ交流事業」今年は、バドミントン、テニス、卓球、ボウリング種目で北海道選手が派遣され、バドミントン監督として、中国江蘇省南京市、除州市へ派遣されましたので、議員会のお取り計らいで、3日不在者投票をして上京し結団式に出ました。4日南京に向かう高速道路で道新メールが入り決戦投票の結果、石井孝一道議が選出されたとのことです。

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 3日午後選手団と上京し、夜、東京のホテルJALシティ田町で監督会議、64名の結団式を終え、4日朝の羽田空港から日本航空で上海空港(国内線専用)に3時間かけて到着致しました。その足で南京市へ高速道路を使い約4時間、ホテルに到着するなり、中華全国体育総会主催の歓迎レセプションが始まり両国体協の団長から挨拶があり乾杯のあと和やかに懇親会が始まりましたが、舞台での歓迎おどりや歌、演奏は素晴らしかったです。心から歓迎していますとの表現です。

 

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 5日は南京市郊外にある「明時代の皇帝のお墓」と孫文のお墓を視察した後、一路、バドミントン主会場である除州市へ高速道路で約4時間かけて向かいました。途中、豪雨、珍しくヒョウが降るなど除州市に入るのが遅れましたが、高速をおりたインターチェンジで除州市バドミントン協会会長 曹 長立氏が約1時間待って私たちを迎えてくれました。最初の感動です。時間も考えて直ぐインターチェンジ付近のホテルで除州市バドミントン協会主催の歓迎パーティを開催して頂きました。除州市政府の体育局長李先生の歓迎挨拶を受け、日本バドミントン選手団として訪問挨拶をして選手団の紹介をして懇親を深めました。返礼の意味で「恋の街札幌」の歌を北海道選手で歌いました。乾杯、乾杯の試練に耐えて和やかに終わり、ホテルへ帰ってから選手に集合してもらって明日の試合の打ち合わせなど周到なミーテングを致しました。皆な、疲れているけれども大切な打ち合わせです。6日朝8時ホテル出発、約30分九州職業技術学院の体育館に到着。体育館には500人ほどの学生が歓迎の大きな横断幕が掲げているスタンドで拍手を持って迎えてくれました。ビックリしたのと熱い思いに胸が熱くなりました。

 

 開会式が盛大です。学生達の拍手を頂いて両国チーム入場行進、除州市体育局長李先生が開会宣言、江蘇省国際体育交流センター陳先生が挨拶、日本側は私が日本選手団を代表して挨拶。試合は男女シングルス、男女ダブルス、混合ダブルスで21点制、3セット2勝先取り勝ち各種目の成績を累計しチームの総得点とするルールです。1日目は正式交流試合3対2で日本が勝ちました。その日の夜は除州市バドミントン協会主催の歓迎レセプションで除州市バドミントン協会主催の歓迎レセプションを開催して頂き、除州市バドミントン協会役員が参加されました。乾杯の嵐です。

 

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 7日は2日目です。早朝の練習交流試合は4対1で負けました。非公式に74歳の除州市バドミントン副会長で私たちを南京からサポートして頂いている呉元甫さんが、私にダブルスで試合をしようと挑戦を受けました。素人の私ですがコーチと組んで1セット試合をしましたが、もと選手の呉元甫さんチームに21対16で負けましたが、凄く楽しく思い出に残る試合でした。2日目試合が終わってから、昼食してホテルに帰りシャワーを浴び明時代の6代皇帝のお墓を見学に連れて下さいました。バドミントン専門店買い物などしてホテルで休憩したのち除州市政府体育局主催の送別会を開催して頂き、除州市バドミントン協会役員はじめ両選手団との夜の宴会が出来ました。楽しかったです、国境を越えバドミントンを通じて共に力を出し合った仲間と呑む酒は格別のものです。宴会は遅くまで続きます。乾杯の嵐です。

 

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 8日は、朝ホテルを出発上海に向かいます、中国新幹線で除州市から上海市まで約4時間半の列車の旅です。曇り空で時々の雨ですが、初めて中国列車の旅を経験しました。 上海のホテルに入ると各地から日本選手団が集合していて、買い物へと案内されますが、何度も中国へ行っている私には珍しいものはなく休憩所でいささか疲れた身体をお茶など頂き皆さんをお待ちしていました。夜は中華全国体育総会と江蘇省体育総会の送別会をして頂きました。各選手団もホットしたのかチーム隠し芸などが出まして宴会が盛り上がりました。今年11月30日~12月3日まで今度は中国選手団として江蘇省体育総会の選手が来札致します。バドミントンは除州市の選手になるでしょう。再会を誓いあいました。

 

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 9日は帰国です。お世話になった方々とのお別れです。上海空港での涙の別れです。友好の何たるかを噛締めながら選手団無事に札幌に帰りました。成人スポーツ事業は始めての経験でしたが、こんなに中国江蘇省の皆さんと仲良く出来て良かったです。これをきっかけになって交流が促進する努力が必要です。暖かな心の交流こそ大切にしたいです。機会を作って下さった関係者の皆さん有り難うございました。

 

 帰国して次の日、朝から伏見中学校の1年生を迎え、10日~11日のスケジュールと議員の仕事と秘書の仕事のおさらいと打ち合わせをして、11日に作文宿題を書いてもらう提案。それは君達がもし道議会議員になったらどんな仕事がしたいのか作文にしてほしいと、早速、道議会を視察、本会議場や会議室を見てもらい議会の説明をしてあげる。事務所に帰ってから依頼原稿を大急ぎで書きあげる。

 

 悲報が入り中華料理業界の鈴木順一さんが亡くなるとの奥様からの電話で葬儀委員長を依頼される。鈴木家へお悔やみにお伺いする。11日通夜12日告別式となり葬儀委員長をつとめさせて頂きました。ご冥福をお祈り致します。

 

 11日は伏見中学校の1年生に作文を書いてもらう、その間地崎先生の月命日のお参りに行きトンボ帰り、作文は出来ていましたが具体的に何と掘り下げるようにと言いましたら、一人は農業をもっと大切にして食糧基地にしたい。もう一人は、貿易を盛んにして北海道を豊かにしたいと書いてくれました。素晴らしい発想です。 それでは、次回また。


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◇近況報告 平成20年9月上旬

木曜日, 9月 18, 2008

 菊薫る9月になりました。毎回1ヶ月を上旬と下旬の2回に分けて近況報告をさせて頂いておりますが、毎日の会議や会合に追われて十分なご説明になっておりませんこと申し訳なく思っております。福田総理の突然の辞任、政局がこんなに急変するものかと思っていますが、現実ですね。
 
 北海道東北経済交流視察の報告を致します。9月1日から5日まで、中国東北部、長春市、瀋陽市、大連市を道庁が20年も前から行なっております、北海道東北経済交流視察団の一員として出張して来ました。新千歳空港から仙台空港へそして長春市へ入って行きました。はじめての長春市です。空港から市内に入るのは高速道路ですが、周りはトウモロコシ畑です。かつては、満州国の最高行政機関国務院があり、溥儀皇帝が居住し関東軍司令部があったと聞いています。突然、福田総理の辞任のニュースが1日の夜、長春市のホテルでNHK BSのニュースで聞きました。午前中防災の日であり、官邸で総理が小走りで行動している姿をニュースで見てきたばかりなのですが、突然でびっくりしました。悩んだことでしょうが、政権維持をするために国民に直接語りかけて福田総理が成す事を説明すべきであります。残念です。次は自民党の総裁選挙となり、次期総理が決定していきます。果してどなたが新総理になることでしょう。外国で日本のニュースがタイムリーに入って来ております。日本のホテルや旅館に外国放送はあまり普及していません。観光立国としてはもう少し努力をしなければなりません。
 

 

 

 9月2日は朝、「第4回中国吉林・北東アジア投資貿易博覧会」の会場へ、千葉県の幕張メッセ会場以上の広い展示会場の連続で、スケールの大きさを感じます。開会式は参加出来ませんでしたが、中国副主席が出席し中国でも大々的に力を入れている大プロジェクトであります。展示場ではアジア国のそれぞれのブースに各種商品を売り込み、日本は秋田県・鳥取県など参加していましたが、北海道も北洋銀行のブースに北海道企業が参加し商談をしていました。 
 

 

 3日目は長春市商務局主催の日本との商談会開会式に出席、松本盛雄在瀋陽日本総領事も来賓としてご挨拶されておりました。その後、その場所で北海道からの団と長春市企業との商談会が具体的に行なわれました。まずまずの商談会でした。 午後は、バスで遼寧省瀋陽市へ向かいます。車で約4時間です。高速道路を走り両側はただただトウキビ畑です。夕方、瀋陽市に入ってきました。東陵公園側から市内に入ります。懐かしいです。瀋陽市は札幌市の友好都市で私は2年ぶりの訪問で10数回の訪問になります。私にとっては「中国のふるさと瀋陽」ですから、市内の両脇は高級マンション(集合住宅)が立ち並び落ち着いた雰囲気で発展を遂げています。毎年20数%の成長だそうです。市内の中心部は地下鉄工事が進み、10月末には南北・東西線が開通するそうです。瀋陽北駅の前側の土地は、昔は何もなく将来の開発地域と聞いていましたが、高層金融ビル街になっていてびっくりです。夜は、遼寧省対外貿易経済合作庁の副庁長王慶明を表敬訪問意見交換、その後、遼寧省対外貿易経済合作庁の歓迎夕食会で懇談致しました。もっと経済交流を盛んにしましょうとのことですが、私はすかさず「札幌-瀋陽便」の復活をお願い致しました。 

 

 4日目の朝9時半から遼寧省対外貿易経済合作庁主催の北海道団との商談会で、予想以上の多くの瀋陽市の商社・企業が集まってくれました。北海道銀行、北洋銀行の根回しのお陰だと思います。北海道製品に感心が熱く昼間でビッチリかかりました。伊勢丹も瀋陽に進出しており担当部長も顔を出しておりました。数多くの引き合いがあり、東北3省の中心地だなと感じました。 午後は、瀋陽市郊外にある鉄嶺市の広大なハイテク産業開発区を視察致しました。環境政策に力を入れていますので、リサイクル産業工場を視察致しました。本部で説明を受けましたが、1期・2期・3期の計画ですが、将来10万人の労働者が働くことの出来るハイテク産業開発区になります。交通も鉄道・高速道路に挟まれている土地です。大きく発展するでしょう。 

 

 夜は、団と離れ、瀋陽市の友人達が歓迎夕食会を開いてくれ、2年ぶりの再会を楽しみました。この友人達は一生の宝です。 5日目、帰国になります。瀋陽市を朝6時出発、大連に高速道路を走り5時間です。これまた両側はトウキビ畑です。11時大連の高速道路を出たとたんバスのパンクです。11時半には空港へ入らなければなりませんが、添乗員さんの機転でタクシーを呼んで空港へ予定通り入り、13時の成田行きに乗り帰札出来ました。今回、中国東北部を視察したかったのは、実際どんな交渉があり、何が必要で、何を求めているのかを知りたかったからです。実際日本と中国との法体系や経済体制が違うのは知っていますが、その中で何が出来るかです。ニーズに応えて行くことが大切です。今回は、北海道銀行が瀋陽・北洋銀行が大連に出張所を出し、それぞれ頑張って北海道との経済交流が出来るように、人脈・情報など一汗も二汗もかいてくれている若手の社員の皆さんに敬意を表したい。この視察団も今回で20回目です。数々積み上げております。チャンスがあればもう一度、黒龍江省を含めて団と共に行きたいと思います。 
 
 翌日、自治消防60周年の記念式典に出席。昼、中国瀋陽市代表団を迎え昼食会が札幌市の主催で開催され出席致しました。日本会議北海道支部10周年の講演会に出席、慶応大学竹田教授の「皇室のいやさか」について講演戴きました。  前日委員会に続き、第3回定例会が始まりました。詳しくは次回に報告致します。

  

  自民党総裁選挙も本格的になりました。札幌にも遊説「立会い演説会」がありました。約8,000人の観衆の前で5人の候補が訴えていましたが、私は活きた経済がわかる麻生候補を応援致しております。詳しくは次回に報告致します。 


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