
本当に月日が経つのははやいです。新年あけて半月が過ぎましたが、団体、地域の新年会で招待を頂いておりますので、ご挨拶廻りをさせて頂いております。清治真人札幌市長候補予定者と一日何度新年会会場でお会いするでしょうか、多くの市民にお会いしていただけるかが、ポイントになりました。今日も清治さんご夫妻にあるところでお会いしましたが、奥さんとの馴初めは興部町の高校生時代の同級生だそうです。純愛を押しとうしたご夫婦です。「北海道版・冬のソナタ」 です。ロマンチックな物語です。
悲報が届きました、元札幌商工会議所副会頭、中道機械株式会社、中道リース株式会社、名誉会長です。私の師匠地崎宇三郎先生の親友でありましただけに私も公私にわたりお世話になりました。市議会議員に出るときもご相談させて頂き、激励を受けました。そして企業団体の会 「英友会」 の会長にご就任いただき、以来お世話になりそのご縁で、中道機械社長 鉄井勝之さんが連合後援会にご就任いただいております。この度、葬儀委員長をおおせつかりました。ご冥福をお祈り致します。
幌西後援会の総会並びに道政報告会を開催して頂きました。後援会の経過報告、これからの活動について、特に高橋はるみ知事と清治真人市長候補予定者との連携を密に活動をしていくことのご承認いただきました。来賓として、高橋はるみ後援会北海道を愛するみんなの会会長我孫子健一さん、清治真人市長候補予定者、市議の細川正人さんが出席頂き華をそえてくださいました。その後道政報告をし4年間高橋道政、新生北海道の公約105の検証を含め内容について、プロジェクターを使い説明させて頂きましたが、後援会皆さんの応援で、数箇所お茶懇を開いて下さいました。皆さんに主に夕張問題についての報告や札幌市民の応援方をお願いし、道州制特区について、支庁改革などなるべく分かりやすく説明いたしましたが、市政の身近な問題でないだけに、説明に苦労致します。
心の里親会に、清治真人市長候補予定者ご夫妻と私ども夫婦とが入会しました。早速心の里親会の新年会から参加しました。歴代市長夫人も役員になって、8つの児童養護施設に入られている児童に崇高な理念を持ち心の里親となり励まし、夏に大通り公園でビールガーデンを開催し益金を奨学基金として寄付を続けています。私もできる限りの支援をしていきたいと入会いたしました。
高橋はるみ知事の後援会事務所開きがされました。旧興銀ビル5階です。700人から800人の応援者が駆けつけてくれ盛大に開催されました。障害スポーツの選手も応援に駆けつけて、アーチュリーの米沢昌子選手から花束を進呈されていました。その中で知事の決意が述べられ、知事の想いが伝わりました。「道民は家族だ」 命をかけて守り抜くと宣言、4年間の知事の行動が走馬灯のようによぎりました。知事の人の心に訴えられる温かさを感じながら、私は高橋知事にそっと良い挨拶だったよとささやきました。知事は照れくさそうに、有り難うと言っていました。
札幌市障害者スポーツ振興協会の理事会があり出席しました。今年度の行事、予算の執行状況の中間報告でした。

新年会が続いています。体力勝負です。お伺いすればよく来たと言って頂き、ありがたいです。皆さんの温かさが精神的な支えです。頑張るしかありません。
自衛隊通信群の皆さんが雪祭りに協力しています。大通り7丁目広場で、タイ王国広場、チャックリー・マハー・プラーサート宮殿の雪像作りです。隊員の皆さんご苦労さんです。関係者で差し入れを致しました。
伝統ある札幌バトミントン選手権大会に、大会長として挨拶。2日間で約160名の方々に参加頂き、小学生、中学生、高校、一般、高齢者の方々のプレーが展開されました。
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私の祖父が富山県出身ですので、そのご縁で20年前から県人会に入会しています、そして相談役にして頂いております。今日は札幌富山県人会の総会、新年会に出席、総会では議案満場一致で承認。新年会では、富山市生まれの高橋はるみ知事が参加されご挨拶、乾杯の後、テーブルを廻り親しくご挨拶されていました。参加された皆さん大変お喜びでした。
お茶懇を何度か開いて頂いております。市民の皆さんからいろいろなお話が聞けます。札幌市のこと、夕張財政問題、福祉、環境、雪対策幅広くご意見いただいて参考になります。マスコミのニュースだけでなく市民皆さんの独自の考えを持っていらっしゃることに敬服いたします。お茶懇は本当に生の声が聞けますので、どしどし開催していただくようお願いいたしております。ご覧の皆様でも気楽に声掛けてください。お伺い致します。
総合企画委員会が開かれました。夕張財政再建素案と道の支援策であります。私が質問に立ちました。詳細は 「議会報告」 に連載いたしますのでご覧ください。2月末には再建計画案が出されます。


悠仁殿下ご誕生記念式典、並びに祝賀行進に参加いたしました。大通り西6丁目に市民約2千名参集し、国会議員、北海道議会議員、市議会議員はじめ関係者が舞台にあがり紹介され、お祝いの言葉を言いその後、ススキノまで約1km祝賀パレードを致しました。沿道の市民も拍手をし、また、手を振ってくれお祝いムードが上がりました。
赤い羽根ティーボール北の甲子園大会 (※1) が札幌ドームで開催されました。 皆さんそれは何と思うでしょう。知的障害者の方々、小学校のチーム合わせて約70チームが集い、三角ベースボールで点数を入れていくゲームです。もう12回目を迎えます。北広島市が本道の拠点で、ボランティアの方々によって今日まで運営されました。大会長は、北海道障害者スポーツ振興協会会長 武田祐男氏で、来賓は町村衆議議員はじめ山本副知事、吉田道教育長、各企業の代表者が応援にこられていました。 (※1 ティーボール: バッティングティーを使用したピッチャーのいない野球競技)
司厨士協会札幌支部長 田村 中さんが、国土交通大臣観光振興功労賞と知事社会貢献賞を受賞され今年で60歳還暦を迎え、お祝いの会があり出席致しお祝いを申し上げる機会を得ました。田村さんは昭和40年ロイヤルホテルに勤務この道40年の業界のリーダーです。家庭では、家族を愛しお母さん思いの優しい人柄と仕事に対する厳しさを兼ね備え誰からも慕われています。そして良き師匠に恵まれています。野口廣吉さん(北海道司厨士協会名誉会長)が最後に一本締めをしました。そのご挨拶の中、一方なれぬ苦労もしたろうが、良く頑張った嬉しいと弟子を褒めたたえました。師匠がお元気でいらっしゃることはありがたいものです。おめでとうございます。



札幌工業高校創立90周年を迎え記念式典、記念パーティーが行われました。札工は大正5年本道の石炭技術を教える学校として設立され、時代の変遷に合わせて本道産業界の技術者養成を使命とし、工業高校のオピニオンリーダーとして発展してきました。校歌に「去華就実の旗風に」とあります、私が好きな言葉です。私も昭和44年電子課を卒業しました。記念パーティーではスピーチをさせて頂きました。青木勇夫同窓会長(記念事業協賛会長)はじめ役員の皆さんのご配慮に感謝します。
長年の悲願であった 「少林寺拳法全国大会を北海道・札幌開催」 を合言葉に北海道連盟地崎昭宇会長以下役員拳士はがんばってきました。30年前に少林寺拳法開祖 宗道臣先生ご家族奥様、お嬢さんの由貴さんと北海道体育協会会長地崎宇三郎代議士とが札幌プリンスホテルで会談、次代を担う青少年達をどう育成して行くかが議論となり意気投合、以来北海道少林寺拳法の会長をお引き受けしました。時代は変わり開祖からお嬢さんの宗由貴総裁へ、地崎宇三郎先生から子息の地崎昭宇さんへバトンタッチされ発展して、私も道連盟の副会長として微力ながらお手伝いして参りました。
10月7日宗由貴総裁はじめ新井庸弘少林寺拳法連盟会長、幹部の皆さん、全国各地の会長さんはじめ役員、ご来賓は斎江中国総領事、田中札幌副市長、道議市議、経済界の皆さんをお迎えし、前夜祭を札幌ビール園で900名の参加者を迎え盛大なジンギスカンパーティーを開催出来ました。
翌8日は朝9時から開会式、拳士 2,500名 総勢 4,500名の参加のもと、高橋はるみ知事、斎江中国総領事、政界、経済界の皆様を迎えての開会式でした。
地崎会長の大会長挨拶、宗総裁の挨拶を聞きながら、30年前を思い出しながら男と男の友情が時間を経て次代に引き継がれ、全国大会が北海道・札幌市で開催されたこと、大変嬉しく胸が熱くなる思いをさせて頂きました。全国から選抜されてこられた拳士の演武を思う存分堪能できました。閉会式を終え大きな責任を果たしてきた安堵感を感じています。地崎会長はじめ役員の皆さん本当に有難うございました。来年は創始60年を迎え全国大会は東京で開催されます。
全国障害者スポーツ大会兵庫大会に、札幌市北海道選手団応援で神戸市に。神田直也札幌市団長と選手団は一日遅れて伺いました。11年前、阪神・淡路大震災で大きな犠牲を払いましたが、立派に立ち直って元気を取り戻している感じです。その地で先の国民体育大会に引き続きの大会開催です。皇太子殿下のご臨席を仰ぎ晴天の青空の下、47都道府県15政令都市の選手の入場行進は見事でした。選手とは別に団長と一緒に遅れて選手控えのオリックス球場へ行ったのはいいけれど、警備が厳重で車椅子の札幌団長が会場に車で入る時も、交通証がないからここで降りてくださいとつれなくされ、私も身分を明かし要請してもだめで車を降りました。車椅子で会場の中へ行き、役員選手入り口があったので入ると、担当者がここは車椅子の方はエレベータで会場には入れませんと言う、札幌の団長としての身分を明かしても駄目でした。さすがの私も切れて、10数人いる係りの人に誰か案内してくれませんかと言ってもうろうろするだけで、仕方なく行くところまで行こうと半周して漸く車椅子が通れる坂に出くわし選手団のいる控の入り口にたどり着く。中が狭いので団長には入り口で待機して頂き、私が中に連絡に行くといった具合でした。役人のマニュアル通りを作らせては天下一品ですが、思いやる心はそのマニュアルにないのかと思う。しかし帰りは又、12時まで会場を出られないことがわかって、札幌へ帰る飛行機の時間との関係で早めに席を立ちました。案の定扉が閉まっていて、ご婦人が困っている。係りの人たちがたむろしているけれど、私が私服警官に身分を明かし、飛行機の時間が間に合わないので御願い致しますと申し上げると、私服警官が私の責任でお出ししますと二人を外に出るまで案内してくれました、感謝です。無事神戸空港に到着し札幌に帰れました。神戸から帰ってくると、夜は北海道空手道連盟文部大臣生涯学習団体表彰、並びに谷澤会長就任パーティーに駆けつけるハードスケジュールでした。
穏やかな小春日よりが続いています。農作物も順調と聴いています、台風などの被害がないように祈ります。
北海道鍼灸師会創立60周年の記念式典並びに祝賀会が行われ、昭和22年11月に創設されて以来今日まで発展して参りました。道民の健康維持増進に力を注ぎ、歴代執行部会長役員、会員の皆さんのご努力に敬意を表し、高齢化の時代だけに役割も大きくなるでしょう、団結を強め70年、80年と歴史を積み重ねて頂きたいと思います。
盟友、前自民党会派幹事長横山光之札幌市議が急逝されました。お別れ会に多くの応援者の方々がお参りに来ておられて悲しみに耐えておりました。私も何でも話が出来る仲間の一人でよく酒を飲み議論をしたものでした。一緒に国内都市視察に出かけ、アメリカポートランド市や中国瀋陽市訪問したことが思い出に残ります。市議会を背負って行く男だけに残念でなりません。何故だと叫びたい気持ちです。ご冥福をお祈り致します。
第8回(通算36回)北海道視覚障害者球技大会9月23日~24日札幌市身体障害者福祉体育館で開会式に初めて出席しました。全道と札幌と交互に開催され競技は、サウンドテーブルテニス(卓球)、フロアバレーボウル、ボウリングの3種目でサウンドテーブルテニスとフロアバレーボウルを拝見しましたが視力障害者の方々の物凄い迫力に圧倒されました。
安倍晋三自民党総裁、総理大臣と手続きが進んで、党3役が決まり幹事長中川秀直、総務会長丹羽雄哉、政調会長中川昭一各衆議院議員が決定しました。本道出身中川昭一さんが政調会長就任は力強い限りです。道州制特区など懸案や、教育改革など目白押しの課題に取り組んで頂けると期待をしたいです。さて、閣僚はどんな構成になるだろう。

