近況報告  平成22年12月上旬

木曜日, 12月 16, 2010


国会は、問責決議が連発して、皆通りました。
補正予算が通り良かったです。北海道も少しく景気対策が打てます。
韓国、アメリカの共同演習が無事終わりましたが、北朝鮮の動きがはっきりせず、あの韓国武力行使は脅しだったのか、法事国家としての体をなしていないです。国会も閉会しました。来年の通常国会は早々あれると言われております。それより、来年度予算編成は大丈夫ですか?財務省内示はできますか。
早、師走本当に早い1年です。

1日、朝から議会一般質問の続行です。

2日、午前中事務所で仕事をして、午後議会で3日に質問することで理事者側と意見交換、それに関して札幌身障協会浅香会長と打ち合わせ。夕方、議会の戻り打ち合わせ。夕方、水産荷主協会との懇親会に毎年参加させて頂いて業界の様々なお話をお聞きしています。

3日、朝理事会を開き、予算特別委員会第1部副委員長を指名され、予算特別委員会が始まりました。質問も致しました。1、障害者スポーツ大会について
毎回時間を見ては全国障害者スポーツ大会へ行って、北海道選手団と札幌選手団を応援して感じたことなどを踏まえての質問です。2、児童虐待対策について、支える人々の評価など道の考え方を質しました。
午後は、予算特別委員長に代り議事を仕切りました。夕方、議会を出て森新幹線総合交通体系特別委員長と共に青森市に向いました。東北新幹線新青森駅開業式典・披露に伺いました。

4日、外は雨です。午前中新青森駅を視察致しました。市内から4キロくらい離れたところに大きな綺麗な駅、新青森駅があります。賑わっております。計画して38年ぶりの完成です。1階はおみあげ屋さんが立ち並び多くの人たちが見学に来ています。
12時、北新幹線新青森駅開業・青い森鉄道全線開業式典祝賀会の会場ホテル青森で開催されました。青森県知事の、多くの皆さんの力が結集されたこの新青森駅開業に胸を打つご挨拶、高橋はるみ知事もお祝いに駆けつけご挨拶をされました。気の食わないのは、馬渕国交大臣です。次は北海道だと一言も言わず、これが最後みたいな挨拶にはがっかり致しました。
夕方、高橋知事、坂本経済同友会会長、JR北海道中島社長の皆さんと同じ飛行機で帰札致しました。

6日、事務所へ出て打ち合わせのち、午後から予算特別委員会。休憩中、高橋知事との写真撮り、夜は、お世話になっている中村会の忘年会に出席。

7日、朝から予算特別委員会。午後、知事総括無事補正予算が可決致しました。

8日、朝、8時からの在る団体の会議に出席。9時15分議会運営委員会議員総会、10時文教委員会。13時新幹線総合交通体系特別委員会。その後
会派の議員年金廃止についての勉強会、市町村議員年金が破綻になりつつあり、都道府県議員年金はこの際廃止とのことだが、まだ都道府県議員年金財源は10年位は持つとのことだが意見集約を致しました。意見集約を致しました。
まだ、若い議員はどうするのか、優秀な人材が議員になりたがらない、地方公務員共済年金に加入がはっきりしない今早急に結論を急ぐべきでないとの意見。
年金一本化になってからでも良いのではないかなど意見が出て、石井議長の意見集約を申しいれることにしました。

夕方、自衛隊北部方面 千葉徳次郎総監の講演をお聞きするチャンスがありました。「日本の侍」です。国民を守るために自衛隊は自ら厳しくどんな時でも出動できる体制を心身共に持ち続ける体制こそ大切であり、訓練のための訓練ではなく、たえず非常時のための訓練でなければならない。そのために自衛隊に入隊したのであり、その気構えがなければ国、国民は守れないとし、、地域生活を共に普通にしてこそ、家族が安心して生活が出来ことが、安心して任務につけるのだと。深い感銘を受け目頭が熱くなりました。

その後、札幌レディースバトミントン連盟役員会議・忘年会に参加。北海道バトミントン協会の栗原進会長を来賓とてお迎え致しました。

9日、護国神社故反町名誉宮司の1年祭にお参りに伺いました。
議会に戻り、議会最終日です。自衛隊を暴力装置と発言した「仙石官房長官の辞職を求める決議」を廻り民主党が抵抗本会議に入れなく紛糾、4時半民主党が反対討論をすることで再開、賛成多数で可決、補正予算緊急経済対策を中心に574億円を、当初補正46億1900万円、合計620億6千万円を併せて可決しました。すこしく、年末年始の経済活性化に役に立つと信じます。
また、条例も暴力団排除推進条例案など、意見者は朝鮮高級学校を高校無償化の対象から除外する、国に対して万全の危機管理体制を構築するように、道内の自衛隊体制の維持等賛成多数で可決致しました。
夜は、道庁、道議会議員の北海学園大学卒業生OB会があり出席。所代わり
和やかに懇談致しました。スピーチがあり昔話を致しましたが、70年安保時代の大学の様子を離しましたら、若い幹部が、その話を聞いたことがなかったですと感心して聞いてくれていました。時代を感じます。

10日は、後援会の打ち合わせ、夜は薄野ビルデング協会の忘年会に出席。

11日は、後援会の打ち合わせ、午後から、石狩管内の職業訓練運営者のさんと意見交換会を致しました。年職人になる若年技能者がいなく、熟練技能者が定年でいなくなる。技能者は直ぐには育たない。来年以降仕事があっても技能者がいない時代に突入すること覚悟しなければならない。大手建設業、行政、議員が認識あるのかと意見交換を致しました。

12日は、朝7時前に札幌を出て、倶知安町に向いました。9時半から北海道高等学校新人少林寺拳法大会の開会式に大会長として出席するためです。小樽で吹雪かれ、余市で吹雪かれ倶知安町に行くのを断念しようかと思ったくらいですが、我慢をして運転していたら小ぶりになり無事倶知安高校に着きました。
全道から拳士が200人弱集合して開会式で挨拶した後、とんぼ返りで、
東地区の故松浦隆夫さんの一周忌にお参りにパークホテルに向いました。帰りも吹雪きでしたが、無事でした。一周忌では思い出話をさせて頂き数々ご恩を頂ました松浦さんのご冥福をお祈り致しました。

午後、4時には、特別支援教育の第1人者と言っても過言ではない、元中学校教師島村恒三先生の「我が人生に悔いなし」の本出版記念パーティーがあり出席させて頂きました。昭和の風雲児・障害児教育と福祉の熱き足跡50年の本です。島村恒三先生には故加藤亨先生のご紹介で24年のお付き合いで、特別支援教育のことは島村恒三先生の学びなさいと、事あるごとに学びました。
私が議会議論の中で、特別支援教育の質問予告をすると、理事者が島村恒三先生に相談されたことも度々ありました。
お元気で、お身体お気をつけて特別支援教育・福祉向上に若き人々のご指導をよろしくお願い致します。長い1日が終わりました。

13日、後援会の会合を致しました。その後、後援者挨拶周り。

14日、札幌学園の理事会。その後、後援者挨拶周りを致しました。

15日、札幌三吉神社で、ミニ遊説カーのお払いと赤レンガ前で写真撮り、パルコ前で街頭演説をいたし選挙に向けて始動し始めました。事務所に戻り広報の打ち合わせ。お客様が多数来所されました。

久しぶりに元札幌市企画課長で、前総務省自治大学研究部長 本間奈々さんが来春札幌市長選挙に出馬の挨拶に来られました。私が道議になった頃、道州制の中の政令都市のあり方について意見交換を何度も致しました。出馬会見でも  しっかりした考え方を持って挑んでいます。札幌に元気をもたらしてくれる人です。是非応援したいです。みなさんよろしくお願い致します。
夜は、北海道教育文化協会の理事会に出席。



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