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近況報告  平成24年1月中旬

木曜日, 1月 26, 2012

妻 純子が亡くなり、「千葉さんはどうしているだろう」と皆さんにご心配頂いておりますこと、各方面からお聞き致しております。本当にご心配頂きありがとうございます。

また、ホームページを見て下さっている方など沢山おられ、ご心配頂いて済みません。各方面から連絡頂いております。ですから今回1月中旬をアップ致しましたのでご覧下さい。

まだ、正直そのショックから立ち直っておりませんが、元気で頑張っております。買い物から始まりご飯も焚き、美味しく食事も作り、何とか3食食べておりますし、掃除、洗濯もまず自分でやってみようと考えております。本来、家の事も何もかも妻任せでいましたので、本当に生きて行けるのかと思いましたが、息子に電話で聞き、後援会の女性部の皆さんからもお聞きしながら何とか生活が出来ています。改めて家事は大変です。少しは妻の手伝いをすれば良かったなと反省至極です。この他に妻は事務所へ出ていましたし、2人の母の介護をしていました。地域のボランティアも頑張ってくれておりました。

又、今回、家庭の事務整理も経験しています。各役所、機関に尋ねてお聞きして手続き等をしています。本当に大変だったんですね。

そんなことを、私には一切心配掛けさせないで、外だけを見させてくれていたんですね。「お母さんありがとうね。」

2七日、3七日と時間が進んで行きます。一週間があっと言う間に過ぎて行きます。2七日、3七日と後援会の皆さんがお参りに来て下さり有難く思っています。また、尋ねてくださり、奥さんが亡くなったこと知らなかったと駆けつけて線香を上げてくださる方など、人情の温かさをつくづく感じます。

仕事も道議会議員としての会議・打ち合わせなどは出席しております。仕事ですので集中して議論が出来ますので頑張っています。

道の来年度予算編成で経過報告を聞き、基本的な考え方など話をしていますので気が紛れます。早く、自分のペースを構築しないといけないと思っています。

ただ、1月上旬の近況報告にも報告していますが、各方面の新年会、新春の集いは出席を控へさせて頂いております。関係者の皆さんの大変ご迷惑をお掛けしますが、心情をご理解して頂き感謝しています。

そろそろボランティアの会議等が入ってきますので積極的に今まで通り参加して参ります。

息子がいつも言ってくれますが、「親父は幸せものだよ。お母さんのことをこんなに悲しんでくれて親父のことを皆が助けてくれている。」と言われる度に、熱い涙がこぼれます。皆さん本当にありがとうございます。早く立ち直ります。

1日も早く元気になった「千葉英守」取り戻します。


posted by 千葉英守   |    0 comments

近況報告  平成24年1月上旬

水曜日, 1月 18, 2012

 

新しい年を迎え新年のご挨拶を申し上げる所ですが、皆様に悲しい報告を申し上げることになりました。

 

昨年12月18日に札幌医科大学に緊急入院を致しました妻 純子ですが今年1月2日午前1時30分逝去致しました。永きにわたりご厚情を頂きました連合後援会の皆様はじめひた親しくして頂いた関係者の皆様に心からお礼と感謝を申し上げます。入院僅か16日間で天国へ行ってしまいました。

 

11月16日頃から2回程、息子の就職で12月1日から勤務と言うことで釧路へアパート探し、家具の調達準備のため息子の車で行き来しました。

 

12月1日、初勤務を見届けて札幌へ帰って来ました。11月末頃から時々咳が出は始めて携帯でそれは感じていました。恐らく疲れが出て風邪でもひいたかなと思っていました。熱もなく咳が出ていました。

また何時も便秘気味の人でしたが、便秘だなと何度かトイレにも行っていましたが、普段と変わりなく家庭のこと、事務所切り盛りのこと、純子の母と私の母の介護、幌西第1町内会役員、地域の青少年育成委員、赤十字奉仕委員など勢力的に頑張る毎日でした。

 

15日、咳が酷いので近くの病院で診察を再度受け血液検査をした所肺の数値が一桁高い数値になっている直ぐ、NTT札幌病院で検査を進められ検査をしたところ、癌が肺に転移している肺がんではなく内臓からの転移であろうとの診断でした。直ぐ入院を勧められましたが、家内もビックリして私に電話で話してくれました。

直ぐ迎えに行くと申しますと事務所にお客さんが来るから真っ直ぐ事務所に戻りますとのこと、私も事務所で待機していましたら妻が帰って来ました。間もなくお客さんが来て相談に載っていました。

お客さんが帰りましたあと、自宅へ帰り、今後の対策をどうするか、原因の病巣が何処にあるのか、「検査を優先しよう」とNTT札幌病院か癌センターか札幌医大か、妻も札幌医科大学で検査を受けたい、私もそれが良いなと思っていました。

 

19日から検査を受けることになり長期の癌との戦いと覚悟を致しました。

17日の夜、私が何が食べたいと申すと、なんでも良いよと言うので、行き付けのお鮨屋さんの寿司折を作ってもらい、家で2人の晩餐となりました。「とっても美味しいね」と妻が喜んでくれました。全部は食べませんでしたが満足したようです。

 

18日の朝、お腹が張って寝れなかったので近くの病院へ行ってくると言うので、私が待て、すぐ医大に連絡して緊急入院を致しました。直ぐ検査を致しました。結果リンパ節に癌があり原発が何処にあるのか検査をすることになりました。医師に余命はと聞くとあと半年と聞いて愕然としました。

妻には、何も隠さない俺達癌と戦うのだからと医師の説明を聞こうとパソコンに映し出された体内の映像を一緒に見て説明をお聞きしました。妻も実感がなく私の身体でないような気がしますと答えていたことが印象に残ります。

18日からの入院で日に日に体力が弱っていくのが分かりました。どうしてこんなことになるのか不思議でなりません。

医者からの説明で半年の命が1ヶ月とのこと、数日経って1日、1日との戦いです。私の頭は真っ白になりました。

 

元旦は親子三人で、病院で迎えました。

入院中、いろいろな話をしました、普段も言っていることですが改めて、妻が「パパと結婚して面白い人生が歩めてありがとういろいろな経験が出来たよ。」「何言っているの、俺こそママと結婚出来て助けてくれて何もしてやれなくてご免なさい、俺の宝である真裕を生んでくれてありがとう幸福だったよ。」との会話がありました。

「只、心残りは介護が必要な自分の母、私の母を置いて逝くことは辛い」と泣きながら話していた事は心が痛みます。

毎年、元旦の朝から家内と挨拶廻りに出かけてしまい、息子が一人ぼっちで留守をしてくれておりましたが、親子で正月を迎えることが出来ました。

 

1日の夜急変を致しました。2日目が明けた午前1時30分、静かに眠ったまま64歳で逝去致しました。「ママ頑張ったね。ご苦労さんだったね」と声をかけた途端、涙がボロボロ流れました。

 

妻が帰りたかった自宅へ帰り、二泊し仮通夜を経て、4日の通夜、5日の告別式を公益社中央霊堂で行い、正月で、仕事初めでお忙しい中、多くの皆さんがお参りを頂き、妻の逝去に多くの方々が涙して悲しんで頂きました。

 

妻純子は、生前葬儀は慎ましくお願いしますと遺言でありましたが、結果大きな葬儀になり、会場が混雑して皆様にご不便や、ご迷惑をおかけしましたこと改めてお詫び申し上げます。

お陰様で二、七日を済ませたところです。多くの皆さんが助けて頂いております。有り難く只々感謝でいっぱいです。

悲しいですが、悲しんでばかりいても妻純子は喜びません。前向きに頑張って行く姿こそ、喜んでくれるでしょう。そして妻純子は私の心の中に「生きています」

また、今、関係方面から、新年会の御案内を頂いておりますが、喪中で有りますので出席をご辞退させて頂いておりますので、お許し頂きます。

 

皆さんこれからも、一生懸命に頑張って参りますので宜しくお願い致します。又、従前通りお声掛けて下さい。

 

妻、純子が本当に皆様にお世話になりましたこと心から感謝申し上げて、1月上旬の近況報告に致します。


posted by 千葉英守   |    0 comments