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近況報告  平成24年2月上旬

月曜日, 2月 20, 2012

 

 

 

 

1月は何かあっと言う間に過ぎました。妻の逝去で何が何だか分からず走り続けた感じでした。まだまだ心の大きな穴は埋まりません。家族や妻を失うことは大変なことです。私も多くの方々の葬儀にお参りや、葬儀委員長を務めさせて頂きました。そしてその悲しみを知っていると思っていましたが、身内を失うことは想像を絶することであります。自分に早く立ち直らなければと言い聞かせながら、心を奮い立たせています。普通のように振舞っていても、人には悲しみを感じさせているようです、本当に皆さんに心配かけて申し訳ありませんが、私にすこしく時間を下さい。でも、議員としての仕事はしっかり致しております。

 

全国各地大雪のニュースが毎日入っております。各自治体にも限界があるようです。この雪は災害です。政府も積極的に災害対策に力を入れるべきです。

国会でも議論があるようですが、財政支援の問題でなく総合力を発揮すべきです。危機管理が余りない内閣ですね。

 

6日に私の後援会1つであります、幌西地区女性部凛葉会第3代目会長をお努め頂いている川端光江さんがご逝去された報に接しました。只々唖然と致しました。妻の時にも何度もお参りを頂き感謝をしておりました矢先のことでショックも大きいです。

体調があまり良くないとはお聞きしておりましたが、入院されて直ぐの急逝です。市議会議員を目指した時からご支援を家族ぐるみでして頂き、喜びも悲しみも共に分かち合い家族ぐるみのお付き合いでありました。無念でなりません。

天国で妻と二人で私達を見守って下さい。川端さん本当にお世話になりました。

ありがとうございました。ご冥福を心からお祈り致します。

 

7日と8日の葬儀に参列しご焼香をさせて頂きました。

7日と8日は、一斉委員会です。

7日は3役会、役員会、議員総会、13時 常任委員会に出席しました。

 

8日は、特別委員会に出席。午後は、政調会、教育の勉強会、議会事務局や現局との打ち合わせで夕方までかかり、夕方事務所に戻り書類整理を致しました。

今日は私の62歳の誕生日です。ちょっと寂しいです。

 

9日は、自民党第1選挙区支部の打ち合わせを致しました。

夕方久しぶりに年老いた母、義母がお世話になっております特別養護老人ホームへ顔を見せに行って来ました。様子は大変元気です。安心しました。又、施設長はじめ介護の皆さんに妻純子がお世話になったお礼と、二人の母のお願いを改めてさせて頂きました。 

 

10日、南区にあります幼稚園、保育所を営む札幌学園理事会に出席し報告を受けました。南区ではナンバーワンの幼稚園、保育所と私は思っています、

理事長はじめスタッフが本当に一生懸命頑張ってくれております。

 

 

  夕方、日本会議地方議員懇談会設立総会に出席しました。

経過報告、設立趣旨、今後の運営、会長には釣部 勲道議会議員が選出され日本の伝統文化を振興させ、次代に継承していく運動を展開していくことが決議されました。その後、講演会があり講師に、産経新聞政治記者 総理官邸記者で、阿比留 瑠比(あびるるい)氏迎え、現政権の危うさを話され、日本の伝統文化が守れるのかと危惧をされての講演でした。

 

11日は、建国記念日ですが、喪中でありましたので出席辞退を致しました。

 

12日は、朝、亡妻純子の6七日で、後援会女性部の皆さんと共に、西本願寺のお坊さん読経のもとお参りを致しました。

直ぐ、故小野寺景行さんの1周忌のお参りに伺いました。早いですね。もう1年ですね。当時葬儀委員長を仰せつかりました。大学の先輩であり面倒みの良いかたでした。各界各層の方々のお参りでありました。

 

凛葉会会長 故川端光江さんの初七日でお参りに伺いました。冬季オリンピック選手だった娘さん川端恵美さんがいらして、ひと時お母さんのお話や、妻純子の話をして偲びました。

帰ると、友人が自宅にお参りに来て下さり、線香をあげて下さいました。有難いです。

夕方、東洋北海道薬剤師会会長のお父さんのお別れ会に伺いお参りさせて頂きました。

 

13日、観光界で名を馳せている又日頃からご指導頂いている、比企さんと友人の方と昼食を致しました。比企さんの心憎い私を励ましてやろうと心遣いでしょう。有難いです。ありがとうございます。

 

 

 

夜は、衆議院議員安倍晋三元総理が学友達と来札致しました。毎年ですがこの時期に奥様と冬の札幌を楽しんで行かれます。奥様は14日に外国へ行かれるので一足先に東京へ戻られました。

ご夫婦とも庶民的な人柄に何時も感動します。今回も薄野から少し外れた寿司屋で皆さんと会食しました。安倍前総理が予定の時間より早く着かれていました恐縮をしていました、安倍前総理から、妻純子に対するお悔やみを着くなり

正座をされて言って下さりました。帰る時もご用意をされておりました線香を仏壇に差し上げて下さいと手渡して下さいました。偉い方でも心と心を結ぶ優しさ持って接して下さる只々感謝を申し上げるのがいっぱいでした。その後、

安斎連合後援会会長ご夫妻、きのとや長沼社長ご夫妻、中山組中山ご夫妻、中道リース関社長、日動前川会長等々と楽しい雰囲気でした。

世界情勢、内政、教育など中々聞くことの出来ないお話をお聞きすることが出来ました。東南アジア特にミヤンマーの田舎に学校を建てる運動をしているお話は胸を打ちました。

 

14日、朝から西本願寺の納骨堂へ行き、仏壇掃除をしました。綺麗になりました。

 

 

 

夜は、中国南方航空大連支社 王 巡 副総経理(副支社長)大連市旅遊局(観光局)副局長一行の歓迎レセプションに参加致しました。昨年11月瀋陽市へは直行便の誘致や、大連市には、直行便復活のお礼に伺いました。大連で王 巡 副総経理にお会いすることになっておりましたが、本社広州市で会議が長引き

お会い出来ませんでしたので、この度、来道されました。大変盛り上がり旧知の仲のような感じで再会を約束しました。

 

15日は午後から議会に出ました。16日に開催される石狩新港管理組合議会第1回定例会の議長を仰せつかっていますので、事務局と打ち合わせを致しました。その後、観光関係の理事者から報告を受けました。

 

夜は、異業種交流会ダスト会に出席。森田会長から会が始まる前に全員に呼びかけて妻純子の黙祷を捧げて頂きました。私から皆さんに葬儀に対するお礼を申し上げました。有難いです。みなさんありがとうございます。

今日の講師は、北海道運輸局西川局長です。北海道運輸局の運営にあたっての考え方、北海道の付加価値化について約1時間講話を頂きました。

 

16日、9時半から道議会に於きまして、石狩新港管理組合議会議員懇談会で今日の流れを説明しましたが、冒頭妻純子に対してお心遣いを頂きました皆様にお礼を申し上げました。10時、石狩新港管理組合議会第1回定例会を開催しました。日本海側拠点港の指定を昨年11月に国から受けました。いよいよ

各港との競争が始まり、北東アジアに向けてのトップセールスが必要になってきます。是非時間を作って行ってきたいです。

その後、会派の役員会に於きまして、第1回定例会の予算案や懸案事項など

副知事三人と幹部と協議しました。HAK問題、新幹線札幌延伸、北電泊原発問題など協議が進みました。

 

17日、朝、後援者の方のお参りを頂きました。事務所へ出て書類整理を致しました。

  

  18日、午前中、家庭の事情があり札幌市郊外の各児童養護施設に入所して、高校を卒業し大学進学や就職をされる14名の卒園する方々を励ます「新しい出発を励ます会」を心の里親会・奨学会主催で行われました。

私は、毎年彼らに激励の言葉を申しあげる立場を頂いています。勇気が出るようにと心がけています。

本当に彼らが幸福になってほしいです。「必ず幸福になると信じて頑張って下さい!!」を結びました。

 

山鼻パークゴルフクラブ総会に出席しました。年間9回のプレーをします。

毎年新しい会員が増えています。新たな出会いもあります。早い雪解けを待ちわびています。

 

 後援者有賀久雄さんのお孫さんが結婚しました。

結婚披露宴に伺いました。外は寒いですが、披露宴は真夏のような暑い雰囲気です。有賀さんの喜びも一塩でしょう。

元札幌市歯科医師会会長 故尾崎精一先生のお別れ会にお参りをさせて頂きました。永年尾崎先生にはお世話になりご指導頂きました。素晴らしい先生を失い残念です。

  

 

 

 

 

  

視力障害をお持ちでこの度、厚生労働大臣表彰(自立更正)を受けられました、

近藤久枝さんの受賞表彰祝賀会に伺いました。社会人になって中途で視力を失い、高等盲学校に入学し、針マッサージ指圧の資格をとり病院のリハビリー施設に就職し、出会いがありご主人と結婚し、様々なボランテァ活動のリダーをされています。いつも元気印でムードメーカーとして活躍されています。近藤さん頑張ったね。これからまたワンステップ登りつめて下さい。

帰りましたら、何組の方々が、明日妻の49日でありますのでお参りにおいでくださいました。有難いです。

 

19日、午前10時、西本願寺で妻純子の49日法要を行いました。親戚・身内でと思っていましたので特段皆様に御案内した訳ではありませんでしたが、日頃親交のある方々が大勢お参りに来て頂きました。

妻も、皆さんにお参りを頂き感謝をしていると思います。その後、西本願寺にあります我が家の納骨堂に納骨を致しました。寂しいですがゆっくり休んでくれるでしょう。


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近況報告  平成24年1月下旬

金曜日, 2月 03, 2012

寒い日が続きます。全国的特に日本海沿岸が大雪に見舞われました。
天気情報を聞くと北極はいささか温暖でその下あたりが寒波で波をうっていて、日本も寒暖の差が激しいそうであります。皆さん。風邪などおひきになりませんようご自愛くださいませ。
 
毎日、事務所へ出て、議会で打ち合わせや、石狩湾新港組合議会の打ち合わせ等、また、妻のお参りに自宅まで来て下さいます方が多く毎日走り廻っております。皆様のご厚情に接し本当にありがとうございます。
 
29日も4七日を無事に済ませました。本願寺本山から法名が届きましたのでかねてから、新しい仏壇を購入してありましたので入仏式も併せて行いました。
後援会の女性部の皆さんも大勢お参りを頂きました。本当にありがとうございます。

 

 
 
  

 
 

 
  

 

午後、少林寺拳法札幌協会主催の初稽古鏡開き式に出席し、札幌協会長として年頭のご挨拶を致しました。拳士200名の参加です。
初稽古のあと、みんなでお餅を突き、父母の皆さんのお手伝いを頂き皆でお汁粉を食べました。私も久しぶりのお汁粉です。少年拳士に最近お汁粉を食べるチャンスはありますかと尋ねると、余りお汁粉を食べることはないと言っていましたのが印象的でした。日本文化の食がどこかに行っているのでしょうか。
でも楽しい初稽古でした。今年1年皆で頑張りましょう。

また、少林寺拳法グループ宗由貴総裁はじめ様々の方々から励ましのメールも頂き感謝しております。
 
30日、事務所で打ち合わせの後、議会に出まして打ち合わせ。
午後の列車で、息子の勤める役所に31日葬儀お礼のため釧路に向かいました。
夜到着して、息子のアパートへ始めて行き生活ぶりを見ることが出来ました。
昨年11月妻が、息子と共にアパート探し、家具などの購入など走り回り部屋を見ると母親らしい気配りがされていて、胸が熱い想いを致しました。
また、息子の釧路は寒いからと気配りをしてくれています。それに応えるべく息子に元気を出させるために、焼肉屋さんに行き息子に肉を食べてもらいました。帰ってから風呂に入りいろいろ思い出の会話をして就寝しました。
息子は辛さに耐え頑張ってくれています。
 
31日、朝食事を息子が作ってくれ、先に役所へ行き、後から私が追いかけるように役所に行き、支局長さんや上司の方々や先輩の皆様にお礼を申し上げに参りました。本当に良い方々に恵まれているとかねがね妻にも話しているように、会話をしていると分かります。
皆さんから、まだ慣れない仕事だろうと思いますが、きちっと仕事をしてくれ頑張ってくれて頼もしく思います。と言って下さりホットしました。
素晴らしい方々に囲まれての息子です。きっと妻も天国で喜んでいることでしょう。

昼の列車で札幌へ帰って来ました。夕方事務所に寄り事務整理を致しました。
 
2月1日、昼、党第1選挙区支部打ち合わせに出席。
午後、東京から妻純子のお参りに、加藤甫さん、荒谷俊昭さんのお参りを頂きました。お二人には運輸大臣秘書時代から、本当にお世話になっている方々ですのに有難いです。
夜は、市議時代からお世話になった太田良子さんが亡くなり、お通夜に伺いました。
 
2月2日、妻純子の初月命日です。あっと言う間の一ヶ月でした。早いです。お坊さんに来て頂いて皆さんとお参り致しました。


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近況報告  平成24年1月中旬

木曜日, 1月 26, 2012

妻 純子が亡くなり、「千葉さんはどうしているだろう」と皆さんにご心配頂いておりますこと、各方面からお聞き致しております。本当にご心配頂きありがとうございます。

また、ホームページを見て下さっている方など沢山おられ、ご心配頂いて済みません。各方面から連絡頂いております。ですから今回1月中旬をアップ致しましたのでご覧下さい。

まだ、正直そのショックから立ち直っておりませんが、元気で頑張っております。買い物から始まりご飯も焚き、美味しく食事も作り、何とか3食食べておりますし、掃除、洗濯もまず自分でやってみようと考えております。本来、家の事も何もかも妻任せでいましたので、本当に生きて行けるのかと思いましたが、息子に電話で聞き、後援会の女性部の皆さんからもお聞きしながら何とか生活が出来ています。改めて家事は大変です。少しは妻の手伝いをすれば良かったなと反省至極です。この他に妻は事務所へ出ていましたし、2人の母の介護をしていました。地域のボランティアも頑張ってくれておりました。

又、今回、家庭の事務整理も経験しています。各役所、機関に尋ねてお聞きして手続き等をしています。本当に大変だったんですね。

そんなことを、私には一切心配掛けさせないで、外だけを見させてくれていたんですね。「お母さんありがとうね。」

2七日、3七日と時間が進んで行きます。一週間があっと言う間に過ぎて行きます。2七日、3七日と後援会の皆さんがお参りに来て下さり有難く思っています。また、尋ねてくださり、奥さんが亡くなったこと知らなかったと駆けつけて線香を上げてくださる方など、人情の温かさをつくづく感じます。

仕事も道議会議員としての会議・打ち合わせなどは出席しております。仕事ですので集中して議論が出来ますので頑張っています。

道の来年度予算編成で経過報告を聞き、基本的な考え方など話をしていますので気が紛れます。早く、自分のペースを構築しないといけないと思っています。

ただ、1月上旬の近況報告にも報告していますが、各方面の新年会、新春の集いは出席を控へさせて頂いております。関係者の皆さんの大変ご迷惑をお掛けしますが、心情をご理解して頂き感謝しています。

そろそろボランティアの会議等が入ってきますので積極的に今まで通り参加して参ります。

息子がいつも言ってくれますが、「親父は幸せものだよ。お母さんのことをこんなに悲しんでくれて親父のことを皆が助けてくれている。」と言われる度に、熱い涙がこぼれます。皆さん本当にありがとうございます。早く立ち直ります。

1日も早く元気になった「千葉英守」取り戻します。


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近況報告  平成24年1月上旬

水曜日, 1月 18, 2012

 

新しい年を迎え新年のご挨拶を申し上げる所ですが、皆様に悲しい報告を申し上げることになりました。

 

昨年12月18日に札幌医科大学に緊急入院を致しました妻 純子ですが今年1月2日午前1時30分逝去致しました。永きにわたりご厚情を頂きました連合後援会の皆様はじめひた親しくして頂いた関係者の皆様に心からお礼と感謝を申し上げます。入院僅か16日間で天国へ行ってしまいました。

 

11月16日頃から2回程、息子の就職で12月1日から勤務と言うことで釧路へアパート探し、家具の調達準備のため息子の車で行き来しました。

 

12月1日、初勤務を見届けて札幌へ帰って来ました。11月末頃から時々咳が出は始めて携帯でそれは感じていました。恐らく疲れが出て風邪でもひいたかなと思っていました。熱もなく咳が出ていました。

また何時も便秘気味の人でしたが、便秘だなと何度かトイレにも行っていましたが、普段と変わりなく家庭のこと、事務所切り盛りのこと、純子の母と私の母の介護、幌西第1町内会役員、地域の青少年育成委員、赤十字奉仕委員など勢力的に頑張る毎日でした。

 

15日、咳が酷いので近くの病院で診察を再度受け血液検査をした所肺の数値が一桁高い数値になっている直ぐ、NTT札幌病院で検査を進められ検査をしたところ、癌が肺に転移している肺がんではなく内臓からの転移であろうとの診断でした。直ぐ入院を勧められましたが、家内もビックリして私に電話で話してくれました。

直ぐ迎えに行くと申しますと事務所にお客さんが来るから真っ直ぐ事務所に戻りますとのこと、私も事務所で待機していましたら妻が帰って来ました。間もなくお客さんが来て相談に載っていました。

お客さんが帰りましたあと、自宅へ帰り、今後の対策をどうするか、原因の病巣が何処にあるのか、「検査を優先しよう」とNTT札幌病院か癌センターか札幌医大か、妻も札幌医科大学で検査を受けたい、私もそれが良いなと思っていました。

 

19日から検査を受けることになり長期の癌との戦いと覚悟を致しました。

17日の夜、私が何が食べたいと申すと、なんでも良いよと言うので、行き付けのお鮨屋さんの寿司折を作ってもらい、家で2人の晩餐となりました。「とっても美味しいね」と妻が喜んでくれました。全部は食べませんでしたが満足したようです。

 

18日の朝、お腹が張って寝れなかったので近くの病院へ行ってくると言うので、私が待て、すぐ医大に連絡して緊急入院を致しました。直ぐ検査を致しました。結果リンパ節に癌があり原発が何処にあるのか検査をすることになりました。医師に余命はと聞くとあと半年と聞いて愕然としました。

妻には、何も隠さない俺達癌と戦うのだからと医師の説明を聞こうとパソコンに映し出された体内の映像を一緒に見て説明をお聞きしました。妻も実感がなく私の身体でないような気がしますと答えていたことが印象に残ります。

18日からの入院で日に日に体力が弱っていくのが分かりました。どうしてこんなことになるのか不思議でなりません。

医者からの説明で半年の命が1ヶ月とのこと、数日経って1日、1日との戦いです。私の頭は真っ白になりました。

 

元旦は親子三人で、病院で迎えました。

入院中、いろいろな話をしました、普段も言っていることですが改めて、妻が「パパと結婚して面白い人生が歩めてありがとういろいろな経験が出来たよ。」「何言っているの、俺こそママと結婚出来て助けてくれて何もしてやれなくてご免なさい、俺の宝である真裕を生んでくれてありがとう幸福だったよ。」との会話がありました。

「只、心残りは介護が必要な自分の母、私の母を置いて逝くことは辛い」と泣きながら話していた事は心が痛みます。

毎年、元旦の朝から家内と挨拶廻りに出かけてしまい、息子が一人ぼっちで留守をしてくれておりましたが、親子で正月を迎えることが出来ました。

 

1日の夜急変を致しました。2日目が明けた午前1時30分、静かに眠ったまま64歳で逝去致しました。「ママ頑張ったね。ご苦労さんだったね」と声をかけた途端、涙がボロボロ流れました。

 

妻が帰りたかった自宅へ帰り、二泊し仮通夜を経て、4日の通夜、5日の告別式を公益社中央霊堂で行い、正月で、仕事初めでお忙しい中、多くの皆さんがお参りを頂き、妻の逝去に多くの方々が涙して悲しんで頂きました。

 

妻純子は、生前葬儀は慎ましくお願いしますと遺言でありましたが、結果大きな葬儀になり、会場が混雑して皆様にご不便や、ご迷惑をおかけしましたこと改めてお詫び申し上げます。

お陰様で二、七日を済ませたところです。多くの皆さんが助けて頂いております。有り難く只々感謝でいっぱいです。

悲しいですが、悲しんでばかりいても妻純子は喜びません。前向きに頑張って行く姿こそ、喜んでくれるでしょう。そして妻純子は私の心の中に「生きています」

また、今、関係方面から、新年会の御案内を頂いておりますが、喪中で有りますので出席をご辞退させて頂いておりますので、お許し頂きます。

 

皆さんこれからも、一生懸命に頑張って参りますので宜しくお願い致します。又、従前通りお声掛けて下さい。

 

妻、純子が本当に皆様にお世話になりましたこと心から感謝申し上げて、1月上旬の近況報告に致します。


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近況報告  平成23年12月下旬

水曜日, 12月 28, 2011

2012年 平成24年 元旦

今年も宜しくお願い致します。

 

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

21世紀から10年目になりました今年も本当に暮れていきます。

気持ちだけが忙しい毎日です。

道議会も終わり、来年度予算編成に現場の職員さん方は今から準備に取りかかっているところです。先ずは国の来年度予算案がどうなるか、地方財政計画がいくらになるかが課題です。それが基本になり道予算計画案が組み建てられて行きます。2年前自民党政権時代に決めていました北海道新幹線札幌延伸が決まれば北海道には明るいニュースになります。

 

19日、朝、家内が今月始から咳が出はじめて咳が酷くなり緊急入院を致しました。過労が積み重なったことと思います。検査をして頂いております。

 

20日、事務所に出て書類整理、昼過ぎ議会に出て打ち合わせ。

 

21日、21日、23日、24日、25日家内の看病をしています。

 

23日、24日と佐藤久三さんの奥様の紀美さんの葬儀委員長をお引き受けいたしました。長い闘病生活をされました。心からご冥福をお祈り致します。

 

26日、27日、28日、事務所で打ち合わせ等して家内の看病に出かける。

 

今年も間もなく終わります。

 

3・11の東日本大震災、福島原子力発電所事故、統一地方選挙など大きな世論の動向がありました。来年も道民のための政治をしっかりと行なって参ります。来年も宜しくお願い致します。


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