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近況報告  平成23年11月上旬

土曜日, 11月 19, 2011

  

 

 

 

 

 

11月と言うのに温かな日差しです。銀杏が真黄色になっています。今年もあと2ヶ月頑張らなければ!

11月中旬は、石狩湾新港が、国の日本海側港湾指定を受けれるかが大きな争点です。石狩湾新港管理組合あげて努力はしました。結果待ちです。

13日から中国瀋陽市に、新千歳空港の直行便復活をお願いに行きます。25日から第4回定例会が12月9日まで開かれます。今月は忙しくなります。

 

1日は、朝9時半、党の議員定数プロジェクトチーム(会長釣部道議)で議会定数協議会(私が座長)での進行状況など説明しました。10時、道連経済立て直し・財政再建プロジェクトチーム(会長船橋道議、幹事長は私です。)の初会合で、理事者から取り組み状況について報告を受けました今後、経済と財政と2チームの分け、自民党の提言をして行きたいと思います。

11時3役会、役員会と続き、12時、ホテルで議員総会「国会議員と地方議員の身分の違い」など法的に守られている立場と曖昧な地方議員の立場を認識し、今後の議会改革協で議論をするために勉強会を開きました。

13時一斉常任委員会開催しました。総合開発委員会は水資源確保の条例化の中間報告でした。

16時30分自民党道議会水産議連の勉強会をしました。その後水産業界と理事者の年1度の懇親会に出席。

夜は、札幌花園病院創立60周年の記念パーティーに出席しました、ご縁で祝辞を申し上げました。

 

2日、10時エネルギー特別委員会でした。北電がらみの質問が多く出ました。昼から、久しぶりに事務所で書類整理を致しました。事務所はやはりホットします。

 

3日、文化の日です。休日でも休めなくて、ある団体の秋の大祭が行われました。毎年参加しています。

 

4日、事務所で書類整理、来客とバタバタしました。

  

 5日、朝、第35回道央地区日本民踊大会が中央体育館で行われました。大会長として開会にあたりご挨拶を致しました。皆さんお元気で踊っています。

 

夜は、ある商店街の観風会に出席しお世話になっている方々と政治・経済・商店街のことなど懇談をさせて頂きました。

 

6日、藻岩会(高等盲学校・盲学校の卒業生や先生OBの皆さんの会)に招かれて総会・懇親会に参加致しました。視力障害者総合教育センターの期待は大きいです。

夜は、家内と毎年参加しています、シャンソン歌手 嶋保子さんのディナーショーに参加しました。毎年11月にディナーショーを行ないます。晩秋の夜長を楽しむ企画です。彼女はもう3年位前から癌と戦っています、今年は車椅子でのステージとなり、大丈夫かなと思いました。でも彼女の声はしっかり出ています。徐々に嶋保子のダイナミックさが出てきました。熱唱する彼女の姿に涙したのは私だけではありません。会場が盛り上がりました。そして、最後「来年も元気であったなら皆さんとステージで会いたいです。」「大丈夫だ頑張れ」「頑張って」の声が客席から出ました。

始まる前に嶋保子さんと廊下ですれ違い、別れていた息子さんを紹介して下さいました。20年前からお母さんの「追っかけしています」と名刺を差し出しました。息子さん「母がお世話になっています」と応えてくれました。母の車椅子を押す息子さんです。病魔と戦って来年も素晴らしいステージを見たいです。お客さんを送る彼女に、私は彼女に「大スター」だよ素晴らしかったと握手を求めました。

 

7日、朝、我が党の衆議院議員北海道第1選挙区の拡大役員会を開きました。

今後、勢力的に候補擁立をすることで話し合いが行われました。会議後、事務所に戻り地域が望んであります、要望書作りをして調整を図りました。夜は、知り合いと勉強会を兼ねて懇談致しました。

 

8日、暦の上では立冬です。地域要望で南警察署に打ち合わせに伺い、昼、議会で党政調会による「バックアップ拠点構想」の中間報告勉強会に参加し、意見も述べました。

その後、札幌市役所市民まちづくり局に地域要望の打ち合わせに伺いました。

夜は、札幌学園の理事会に出席し報告を受けましたが、順調に真駒内幼稚園、保育園が運営されています。理事として喜んでおります。大切な子供さん達をおあずかりしていますので職員のみなさん頑張ってくれております。よろしくお願いします。

更にその後、武部勤代議士政治活動25年、政治活動40年の記念パーティーに出席しました。武部勤代議士とは道議時代からですので長いお付き合いになります。

 

9日、事務所で書類整理をして、

夜は、昔、新聞記者をされ現在関連会社の社長と昔話をしながら一献傾けました。共にこの時代を生き抜く戦友のようなものです。

 

10日は、朝刊に国交省が兼ねてから計画していました、日本海側拠点港指定結果が出ました。石狩湾新港は、機能別拠点港に指定されることになりました。

一生懸命石狩湾新港管理組合の理事者の皆さんはじめ知事、建設部、関係団体、石狩市、小樽市、経済界と共に頑張った成果が出ました。まずはホットしました。正式発表は夜に知事に連絡が入ります。

 

 

 

朝、札幌レデースバドミントン団体戦のクラブ対抗戦の開会式に主催者として挨拶に伺いました。パワー溢れるママさん選手達です。

開会式を終え1時間ゲームを拝見して、議会で理事者と打ち合わせ、役員会と続きました。

夜は、道の理事者と保健福祉関係者と意見交換会を致しました。

 

11日、一日事務所で書類整理、来客、13日から中国瀋陽市、大連市を訪問するための準備を致しました。

夜は、訪問する方々との結団式を致しました。まだ、瀋陽市を訪問されていない方もいらっしゃるので体験談などお話させて頂きました。

 

 12日は、午後、防衛セミナーに参加致しました。講師の話は勉強になりました。世界情勢特にアジアを見る時に、沖縄で見るか、東京で見るか、ワシントンで見るかによって判断が違うと言う解説はなるほどと思いました。

 

13日、中国訪問、瀋陽市、大連市に出発しました。このチームは道の武田建設部長を団長に、建設部空港活性化推進室、経済部国際経済室、北海道空港企画と私、総勢6名での訪問です。その主たる目的は、北海道中国戦略のなかで東北3省の拠点である瀋陽市との定期便復活をするためであります。

1998年新千歳―瀋陽線が開通しました。当時北方航空でした

瀋陽市が影響力を持ちうる飛行機会社でしたが、1997年のことです。チャター便を飛ばし実績を積み上げることが大切とされ、私もチャター便を買い上げ故加藤亨先生が瀋陽栄誉市民ですのでご相談し団長にお願いして後援会の方々と瀋陽市を訪問致しました。今考えるとぞ~とします。若かったから出来たのでしょうか。

2007年一時運休をしましたが、2010年2月に瀋陽市訪問した時に、1998年札幌―瀋陽便就航を決意された元瀋陽市長張栄茂さんに来年は札幌市との友好提携が30周年になります、このままでは、これまで培った交流が薄れると思います是非直行便の復活をお願いしますと直訴しました。

張栄茂さんは、南方航空の瀋陽支社長を呼んで下さり、札幌―瀋陽便はその後、どのようになっているのかと尋ね、札幌との30周年もあるので検討していますと答えられましたが、張栄茂さんは、検討じゃ駄目だ、実行しなさいと指示をされ6月に決定されました。

実際は準備が遅れました8月11日に3年ぶりに瀋陽から札幌に飛び立ちました。その日、加藤亨先生が病床で亡くなりました。何かの縁だなと思います。

その間、瀋陽市政府の補助金1億円近く出されたお聞きしています、いろいろな方々が最大の努力をして頂いたと思います。

しかし、今年3月の東日本大震災の影響もあり急激に乗客数も減り、5月から運休となりました。

そこで、今年10月の第3回定例会で、道の中国戦略(行政交流、観光、経済、市民交流)を質し、知事総括まであげ、中国東北部戦略には瀋陽―札幌が不可欠であると論陣をはりました。

その後、直ぐに建設部空港活性化推進室が反応して、是非定期便復活要望に行きたいとのこと、瀋陽市との橋渡しをお願いするとのことで、13日出発となりました。

 

 

 

 14日、瀋陽市に事務所を置く、北海道銀行瀋陽出張所 正司毅事務所長を尋ね、瀋陽市の最近の状況や東北3省の様子をお聞き致しました。

その後、南方空港北方支社を訪問して、曹湜副支社長(前札幌支店長)ら幹部と定期便復活要望活動を致しました。曹湜副支社長曰く、是非札幌線は残したと思っていますが、現在の状況では乗客客数が少ないので無理です。道庁の補助金があれば飛ばすことは出来ますとのことです。流れが道庁の補助金ありきになって来たので、私から、まだまだ双方が努力(情報、施策の展開など)することをしっかりして行なっていかなければ駄目なので、双方頑張りましょうと流れを止めました。しかし、南方空港北方支社の札幌線の思いは痛く感じました。

 

 

瀋陽市 黄凱副市長ら副秘書長、外事弁公室、対外貿易経済合作局、旅遊局、瀋陽桃仙空港担当者、南方空港北方支社幹部と会談致しました。

黄凱副市長は、札幌・北海道の交流は大切である認識を示し、定期便の休止は誠に残念である、ここでも、三方一両損で、補助金を瀋陽市、北海道、南方空港北方支社で負担してはどうかと提案がありましたが、もう少し三方で考えることにしましょうと止めました。

 

 

その後、黄凱副市長招待の懇親会が始まりました。私は黄副市長とお会いするのは始めてでしたので人柄を知るためにもなるべく話しをしました。また横に座って頂いたのは外事弁公室主任の方向東さんで長年の友人で助かりました。そのお陰でいろいろ懇談出来ました。

懇親会の終わりに、私から一言話をさせて欲しいと申し上げました。

「直行便を復活させたい、双方の思いが分かりました。大変嬉しいです。札幌市と友好都市を31年間締結結び、それに多くの方々が努力されました。

かつて、双方が不孝な時代を経験された方々が札幌と瀋陽の子供達が二度と不幸な経験をしないようにと平和を願い友好締結をしました。この間、経済だけでなく、市民、教育、福祉、スポーツ、文化、交流など様々な交流がなされ必死にこの交流を守り育てて頂いた方々の思いを忘れてはならない、それを知っているのは、瀋陽市外事弁公室の皆さんです。経済環境だけで判断して言いものか、もう少し双方が様々検討して良い結果を出して行きたいので頑張って行くことをお願いしたい」と発言。拍手が起きた。

懇親会が終わり、瀋陽の友人が待っているからとパーティー会場へ行きました。

友人とは、1998年瀋陽―札幌の定期便を実現させた男であります。

彼も大変心配していて、幾つかの提案をしてくれました。

1、札幌から飛ぶ瀋陽便の座席15席位道で責任が持てないか。

2、瀋陽―ハルピンー札幌の新しい路線が確保出来ないか。

このことが出来るならば、新たな展開が出来るのではないかと話してくれました。

 

 

 

 

  

  

 

 

  

 

 

 

15日、朝、瀋陽市を出発、バスで高速道路を南下、約5時間を経て大連市に移動、北洋銀行大連出張所を訪問、山田英幸所長と面会し、大連経済、東北3省の状況について説明を受けました。その後、南方航空大連支社 王憲勃副部長ら幹部に、10月29日から札幌―大連線復活して頂いたお礼に伺いました。王憲勃副部長曰く、北洋銀行がいろいろ動いて頂いたお陰ですと言われておりました。夜も暮れ、我々だけの夕食会場へ向い「今日からが始まりでこれからが大変です頑張って行こう」と誓いの乾杯をしました。

 

16日、朝、6時過ぎホテルに出発、8時40分関西国際空港経由で新千歳空港へ到着。皆、ホッとして家路に向いました。

中国戦略は始まったばかりです。積極的に双方の情報交換をして受け身でなく積極的に攻めて行きたいと思います。


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近況報告  平成23年10月下旬

水曜日, 11月 02, 2011

小春日和が続きますが、又、曇りがちと正に秋の空です。

 

  

穏かな秋であってほしいですが、周辺は静けさの前の何んとかです。

北電の泊発電所3号機プルサーマルの「やらせ」問題で第3者委員会の報告がなされ、議会として、北電最高幹部を参考人として招聘していろいろお聞きするためのエネルギー特別委員会を26日に開くとなりましたが、最高幹部が出席しるかどうか水面下で調整されています。

TPP(環太平洋パートナーシップ)が11月中に参加するか参加しないか決めると野田総理は決断したようです。

それを受けて19日には高橋知事など関係者は上京して、農林水産大臣にTPPが施行されると北海道の農業は壊滅状態になるので慎重にと申し入れをしました。

 

17日は、24日に行ないます、ちば英守政経文化セミナー実行委員会の会合を開き当日の打ち合わせを致しました。役員の皆さんありがとうございます。

午後、議会に戻り理事者と勉強会の打ち合わせ。

 

18日は、ある地域の女性部バザーに家内と共に伺いました。

午後は事務所で書類整理です。

 

19日は、議会にて、党政務調査会主催の団体の24年度予算要望をお聞き致しました。伊東道連会長も出席し、真剣に各団体の現状を含め今後の対策などお聞き致しました。20日、21日、25日、26日まで行なわれます。

 

 

 

 

 

 

20日、朝9時、札幌市役所の1階ロビーで、22日から24日まで山口県で始まる全国障害者スポーツ大会の結団式に参加致しました。加藤保健福祉局長が激励の挨拶をされました。毎年応援団長として各地に応援に行っていますが、今年は残念ながら応援に山口県まで行かれなくて残念です。

24日の開会式をNHK教育テレビで見ました。写真はテレビから映しました。

議会に戻り、理事者と打ち合わせ、団体要望会に出席しました。

 

 

 

 

21日、朝から続く団体要望会に出席。夜は、お世話になりました、故数藤紘子さんの弔問に伺いました。

 

22日は、夜、友人の会社の10周年記念披露パーティーに伺いました。

苦節10年頑張りました。お客さまの時代ニーズに応え先取りした経営手腕は素晴らしいです。

 

23日、故数藤紘子さんの告別式に出席しお参りさせて頂きました。

札幌フォークダンス63周年記念パーティーに出席、会長として挨拶を致しました。その後、ある団体の秋の大祭に出席しました。

夜は、20会の会合に出ました。今期末で11月から新期になり49年目を迎えます。明日があるのでノンアルコールにしました。

 

 

 

 

 

 

   

24日、雨降りが続きましたが、朝起きましたら曇り空です。

「第7回ちば英守政経文化セミナー」の日です。連合後援会、支援企業団体の皆さんに多大なご協力を頂きまして、今年も行って頂きました。

今回は、昨年の講師参議院議員 佐藤正久先生にお願い致しました。今年は何んと言っても3・11東日本大震災がテーマになると思い夏に議員会館に伺い佐藤正久先生に誰か相応しい講師をご紹介頂きたいとお願い致しましたところ福島県出身で、自衛隊で危機管理を知り尽くしている、「ひげの隊長」です。

既に被災地に40回位入り、住民の思いや、直ぐやらなければならないことを、国会審議や、官邸に乗り込み直談判し被災地皆さんの立場になって発言行動して来た方であります。是非にお願い致しました。講演では、自衛隊員の苦悩に満ちた活躍など紹介され、又、「住民とのふれあい」等報道にならない部分をお話されました。

また、8月1日に、韓国に入国し、日本領土竹島の隣にある韓国領ウルルン島に渡り竹島の博物館に行き、あたかも竹島が韓国領であるかのような展示物を確認して、外交的に抗議をするつもりでいましたが、韓国政府危険が及んでは行けないと金浦空港で帰しました。

しかし、佐藤先生達に抗議ではなく、来年の韓国国会議員選挙のアピールのようでありましたとのことです。抗議文は全てハングル文字であります。それには佐藤正久先生達の計算がありました。韓国には日本との領土問題はないとされていましたが、内外のマスコミに領土問題があると知らしめたことであります。あっと言う間の1時間でした。

参加者の皆さんは感動の余り感涙を流されていた方が多かったです。今年も感動的なお話をご提供出来て良かったです。来年は議員活動25周年になります。

記念すべき政経文化セミナーにしたいと思っています。皆さんお楽しみに、まだ何も決まっていませんが。

 

25日は、朝から夕方まで党を支援して頂いている団体の来年度予算要望をお聞き致しました。

夜は、中国料理札幌支部の若手調理師さんの料理コンクールと協力商社若手営業との懇親会に顧問として招かれました。職場で中々話せないことも年1回交流と通じて情報を共有していこうとの事です。

 

26日、朝から党を支援して頂いている団体の来年度予算要望をお聞き致しました。午後から、エネルギー特別委員会で北電佐藤社長はじめ幹部を参考人招致して、泊3号機のシンポジュームの、「やらせ問題」について発言を求めました。

その中で

1、北電の第3者委員会の報告を受け入れること 

2、二度とこのようなことはしないこと 

3、関係者の処分をしたこと

4、コンプアイライスナドを進め透明性の会社にしたいと話されました。

我が会派から遠藤議員が質問に立ち、佐藤社長がエネルギー特別委員会に出席するとか、しないとか、公益企業として佐藤社長が全面に出て道議会へ出て道民に経過など説明すべきではないか質しました。佐藤社長は、電力供給にあたり、きめ細かくお話しのしたかったこと又、企業秘密もあるので非公開にお願いしたとのことでした。夕方6時頃までかかりました。

 

27日、午後、更正保護法人大化院の理事会に出席。

夕方から、毎年秋に行なわれる札幌市、札幌市身体障害者協会共催の「ありがとう・ごくろうさま」の集いに参加しました。長年身体に障害を持ちながらご苦労され自立された方々への表彰、その方々をボランテアで支えて来られた方々に表彰状・感謝状を送呈する会です。札幌市身体障害者協会常任顧問として祝辞を申し上げました。

 

28日、朝、石狩湾新港管理組合議会が開かれました。議長として議員懇談会を開き議会の流れについて相談し、高橋はるみ管理者出席のもと22年度決算を審議する議会を開会しました。

 

午後、JR北海道故中島社長のお別れ会にお参りにあがりました。午後1時からでしたので、1時に会場に伺いましたが列が出来ていて、約1時間並んでお参りが出来ました。多くの方々が別れを惜しんでいました。

 

29日、台湾に出張です。2009年台北札幌分処が設立されてからの約束で丹頂鶴を台北動物園に貸与して頂けないかと高橋はるみ知事に対して読売新聞内山顧問から台湾の意向を伝え、関係者と相談し、自然の丹頂鶴は持ち出しが出来ないが、釧路市国際鶴センターで孵化した丹頂鶴は運べるとのことで2年間の期間を掛けてオス、「ビック」、メス、「貴華」を貸し出す式に出席するためです。

 又、今年3・11の東日本大震災後、5月中に台湾立法院委員長王金平氏(国会議長)が国会議員、観光旅行業者300人を引き連れて風評被害にあっている北海道を訪問、全く何でもないと確信され観光客を今まで通り送りましょうと約束してくれました。その恩義があり道議会議員も行かなければ駄目だと思い参加しました。二泊三日の中一日の行事でした。そのことをご報告致します。

 

 

 

 

 

  

30日、朝10時より台北動物園で丹頂鶴「ビック」「貴華」の引渡し式を行いました。王金平委員長の歓迎のお話、高橋知事の台湾に対して様々なお礼のご挨拶。調印式等を経て、動物園の中で檻の中で「ビック」が散策している姿を見ました。

 

昼は、台北市長主催の昼食会に出席しました。

 

 午後は、新光三越でのJR北海道が行なった北海道観光キャンペン、料理研究家星野幸子さんの北海道料理講習会、日本物産展(殆ど北海道物産)を視察致しました。高橋知事も会場を廻りトップセールスをしていました。

 

 

 

 

 

 

 

夜は、北海道参加者400名全員の台湾立法院委員長王金平氏の歓迎レセプションを開いて下さいました。楽しく歓談をしました。私のテーブルは李復興国会議員、周番来立法院副秘書長、黄明朗外交部亞東関係協会秘書長等接待して頂きました。盛り上がり終了は9時になりました。

 

31日、6時45分ホテルを出発、9時半松山国際空港発で午後2時新千歳空港、時差1時間です。

台湾はこれまで2度訪問していますが、台北市は15年前と比べ成熟した都市になっている感じです。


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近況報告  平成23年8月下旬

金曜日, 9月 02, 2011

 

 

 

 

 

 

お盆が過ぎ、めっきり秋めいていました。あの暑さは何処へやらの感ですが国政政治も菅総理の退陣で、民主党代表選挙が行なわれますが果して誰がなるのでしょうか、どちらにしても短命内閣ではないかと思います。マニフェストの放棄、ネジレ国会、これでは国民生活、景気、雇用、何寄り東日本大震災の復旧復興が進みません。国民に信を問うべきで、もう一度解散総選挙をするべきです。

 

17日~20日まで、札幌市の友好都市である中国瀋陽市にフェンシング競技の交流試合で高校生・中学生総勢15名の選手団で訪問致しました。

この事業は、日本体育協会、北海道体育協会の主催で、主管は札幌市体育協会札幌フェンシング協会であります。

 

札幌=瀋陽直行便が休止しておりますので僅か3時間で行けるところ北京周りで瀋陽へは待ち時間を含めると約11時間位になるでしょうか大変苦労致します。飛行機が30分遅れて夜中の到着でしたが、瀋陽市体育局関係者、今回の交流学校瀋陽市軍事陸上運動学校瀋陽市体育中学 聞志平校長先生関係者の皆さんの熱烈歓迎を受けました。

ホテルで全員お夜食のうどんをご馳走になりました。中国では歓迎する時はうどんをご馳走する仕来りがあります。ホテルで寝たのが夜中の3時でした。

 

 

 

 

 

 

18日は、予定通り選手達は朝6時に起きて散歩を楽しみ、7時朝食をして9時20分ホテルを出発、10時瀋陽市軍事陸上運動学校瀋陽市体育中学体育館に到着。早速選手達は軽い運動をして、練習にはいります。本格試合は午後です。瀋陽の選手は中学生ですが、皆背が大きく強そうです。感心したのは、写真に載っているようにフェンシング専用の体育館です。

 

私、札幌市フェンシング協会名誉会長、札幌市フェンシング協会下野謹也札幌市体育協会土田隆幸次長と、瀋陽市側 聞志平校長先生関係者とスケジュールの打ち合わせ、今後の交流の進め方について協議を致しました。来年は瀋陽市側のフェンシング選手を受け入れることで合意。日時は来年8月10日から14日までとする。今後、射撃、アーチェリー、レスリング、柔道、武術、空手(テコンド)、フェンシュング競技なら聞校長の決断で出来るとのことでしたが、今後の種目については未定としました。会場に戻ると、熱気溢れていました。

 

 

 昼食をわざわざレストラン(焼肉)に連れて行ってくださり美味しく頂きました。

 

 

 

 

午後、体育館に戻り、開会式 記念品交換 試合開始。札幌市選手は押されぎみです。トータル負けました。でも爽やかさがのこります。

ホテルに戻り、歓迎レセプションです。毎回ですが副市長が主催しますが、海外出張中とかで、体育局 除局長の招待でした。歓迎の辞、そして私から訪問挨拶。乾杯のあと楽しい宴です。

 

 

19日、同じく選手達は朝6時から散歩して7時昼食、8時半ホテル出発。下野団長とワゴン社に乗り体育館に向かいました、横を走るバスを見ると「英守村」行きと書いてあります。えぇと思い急いでカメラに撮りました。次回来た時に伺いたいものです。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

9時20分、瀋陽市軍事陸上運動学校瀋陽市体育中学体育館に到着、すぐアップをして、今日は札幌市の選手と瀋陽市の選手を混合にして試合をしました。良い光景です。友情の絆が深まります。手を抜くことなく汗びっしょりになって試合をしています。昼まで試合をして、選手達は昼食をとり午後は郊外にある怪披公園見学です。

 

 

 

 

  

私達(私、下野会長、土田次長)は古い友人札幌と瀋陽の青少年スポーツ交流を促進して頂いた瀋陽市国際体育友好協会 尚紀善会長はじめ幹部が昼食会を開いて下さいました。昔話や思い出話や苦労話が出で、涙あり笑いあり楽しい昼食会でした。

 

 

  

 

 

 

 

すぐ、ホテルの戻り私は単独行動になります。瀋陽市外事弁公室の張廸さんの案内で、瀋陽市残疾人連合会 淘慶才理事長に面会に伺いました。2000年から札幌市身体障害者協会と瀋陽市残疾人連合会友好団体になり交流を続けて参りましたが、ここ暫く低迷をしているのでもっと積極的に交流を進めましょうとの札幌市身体障害者協会浅香博文会長のメッセージをお届けしました。

瀋陽市周辺を含め人口780万人で内38万4千人が障害を持っておられる市民です。障害者に優しい街づくりにも力を入れています。淘理事長は札幌市との交流の仕方を検討しているところとのことでしたとのこと。また瀋陽市も中国20のモデル地区の内の1つでトップ5に入るそうです。

私が友好提携の提案者でありますので責任もあります。前理事長 梁理事長も来札を約束して頂きましたが、人事異動で叶わなくなりが今度は進むでしょう。

 

 

 

 

 

瀋陽市残疾人連合会を改めて拝見しました。大分内部改造をしています。20階舘ですが、中に障害者用のホテル宿泊所を30室作り、レストラン(朝、昼300人分)と来賓用個室宴会場を作りましたとのこと、また、相談業務、就職、アルバイト、結婚相談など機能を充実しそれを担当する人は障害をもった方々です。今後の淘理事長は障害者のために積極的に施策を進めて行くでしょう。

30分の約束も1時間30分と話が弾み夕食でもとお誘い頂きましたが、今回は予定があるので札幌で呑みましょうと約束して別れました。

 

 

 

 

 

  

 

夕食は、昨年卓球競技で交流し、瀋陽―札幌の大会でお世話頂いた瀋陽市体育運動学校 李勇校長が、学校真向かいのレストランでの招待夕食会で美味しい中国料理を頂きました。大分選手達も気心も知り打ち解けてきました様子で安心です。共にジュスで乾杯、写真を撮りあったりして楽しそうです。

 

 

 

 

 

 

 

その後、高級デパートを視察、地下食料品売り場や、安売り売店を1時間位視察致しました。高級品ばかりで日本以上かも知れません。お客も高級車を乗りつけるハイグレードな市民です。

  

20日、瀋陽市での最後の交流試合です。選手達は予定を早めホテル8時出発。少しでも多く練習試合をしたいとの意気込みです。今日は3コートにわけ勝ち抜き戦です。札幌も瀋陽もない最後に誰が勝つかであり、3回のチャンスがあります。楽しんでいます。瀋陽市体育局長除局長も会場に顔を出して下さり、名残惜しそうに閉会式。それぞれのチームにトロフィーを贈られて記念写真を撮りました。

 

 

 

  

 

昼食を頂いて、瀋陽の選手団も一緒に世界遺跡北陵公園、故宮を視察致しました。皆楽しんだようです。

  

 

 

  

 

夜は、最後の晩餐会、老辺餃子店で体育局 除局長の招待です。

除局長の挨拶のあと、私からお礼のご挨拶をして、「また札幌でお会いしましょう」と固い約束。美味しい瀋陽名物の餃子をお腹いっぱい頂きました。

そして、瀋陽の皆さんに心からなるお礼を込めて札幌市選手団全員で用意をいていました、日本の歌「ふるさと」を皆で歌いました。私は何か涙がぼろぼろ流れてきました。やり遂げた安堵感でしょうか、感動でしょうか、歳のせいでしょうか?

 

  

ホテルに帰り、私は札幌の選手団とお別れを致しまして、20会トップ調理師の視察団と合流するために、瀋陽桃仙国際空港に迎えに行きました。予定通り到着。瀋陽のホテルに直行しました。

20会トップ調理師視察団11名中国料理調理師、司厨士調理師さん方は、瀋陽市と北京市の調理師団体、業界団体との交流を目的に訪問致しました。

北海道は「食と観光」を大きなリーデング産業にするために、訪問頂ける国、地域の市民の食感を研究し文化にもふれ、少しでも「おもてなしの心」を掴む努力をして行きたい思惑もあります。

 

 

 

 

 

 

21日は日曜日ですので、昼間は官庁など訪問出来ませんので、街から1時間位はなれていて、数年前に世界園芸博覧会が開催されました棋盤山にある植物園を視察。スケールの大きさにビックリします。中国の主な都市に公園を作らせ、また、アジアの国々に公園を作りを要請し世界観を表現した公園です。歩いては廻れません。電気自動車が廻りそれに停留所毎で乗って廻る仕組みです。

 

 

 

 

  

昼は、民族村で昔風の家屋のようなバンガローで部屋を借り、注文は視察団に中国料理のプロがいますので、美味しい料理を注文しました。

これが今回楽しい視察のひとつです。出来上がりでなく、注文して瀋陽の人々の生活の味を確かめることも目的の一つです。いつか食べたことのある懐かしい味もあります。

 

 

午後は、動物園です。人間が檻に入って寅、ライオン、象、縞馬などを見て廻るのです。暑くて動物達皆暑さに参って寝転んでいます。

 

  

 

 

 

急いで帰り、ホテルで着替えて、清王朝料理レストラン「清文化主題酒店」に直行しました。そこで、車のラッシュで少しお待ち頂いておりました。

遼寧省飲食調理業会 呉 暁昕副会長兼秘書長、

瀋陽市「金輝食府酒店」(レストラン)李 春詳会長

瀋陽市「老辺餃子」飲食管理有限公社 崔 滔会長

瀋陽市「瀋陽筷道「大連漁港」于 紅軍社長

遼寧大学「師生園」(レストラン)飲食管理有限公司社長 李 昌権社長

瀋陽市「原味斎酒楼」原 偉会長

瀋陽市「馬家焼売館」 丁 福昌社長

瀋陽市外事弁公室 副主任 王 昌宝氏

    同    処長  馬 宁氏 さん達が待機して頂いておりました。

最初に私が招待致しましたので、私からご挨拶を申し上げました。

お待たせしたことをお詫び申し上げ、お忙しい中、御案内致しましたところご参加頂き有難うございました。北海道・札幌のトップ調理師さん達と瀋陽のトップ調理師さんの交流がしたくて伺いました。調理の向上、若手育成などお互いの悩みや希望があるでしょう互いに話し合うことが出来たなら幸いですと挨拶。続いて瀋陽市「金輝食府酒店」(レストラン)李 春詳会長から歓迎の挨拶、ようこそ瀋陽市においでくださいました。私達は、友好都市である札幌の調理師団体の皆さんと交流するのは始めてです。千葉さんの言ったことも含めて今後交流を深めて行きたいと思いますとの挨拶。

山口一郎団長が20会の48年間の歴史や意義など説明をして乾杯の挨拶。

遼寧大学「師生園」(レストラン)飲食管理有限公司社長 李 昌権社長は麺の大家であり、瀋陽市「原味斎酒楼」原 偉会長は調理師から身を起こし市内の店舗を持ち棋盤山リゾート地にホテルとレストランを経営しています。

瀋陽市「原味斎酒楼」原 偉会長は何度も最高調理師賞を貰っているとのことです。大変意義のある交流でした。今後楽しみな交流になることを願っております。

 

 

 

帰り夜8時過ぎは大雨で道は洪水です。雹も降ったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

22日、朝、瀋陽市政府を訪問致しました。祁鳴 副市長と会談が出来ました。

祁副市長は聡明な女性副市長です。我々を歓迎してくれました。特に私のことにふれ、札幌瀋陽の架け橋として努力して下さっていることに感謝を頂きました。今の瀋陽市は、発展素晴らしく飲食業も発展の一途である特に外食産業は目を見張るものがある、調理師・飲食産業界の交流は意義があり互いの知恵を結集して交流をして行きましょうと、又、私が身障者の方々の交流のもふれますと、副市長は私が責任持って進めるように努力すると発言されていました。

更に、交流にあたっては直行便が必要だと私が力説しました。副市長は、近い内に復活できると信じていますと発言。しかしこの問題は、瀋陽市も北海道・札幌も双方努力しなければ実現出来ませんので、話し合いのテーブルを作る努力をしたいと思います。

是非、祁鳴副市長には札幌市に訪問を頂きたいものです。約30分の会談でしたが旧知の関係のような和やかに、有意義な会談であったと思います。

 

   

 

 

 

 

   

そのまま、世界遺産瀋陽故宮視察をして、昼食会場へ人気のあるレストラン「新洪記」へここでも我が視察団の専門家の見立てで料理を注文、美味しく頂きました。そこへ、知り合いの瀋陽市旅行社副社長 楊 伯珍さんが現れ、日本のお客さんと食事をしていたところ、千葉さんがこられると聞いて会いに来ましたと久しぶりの再会でした。皆様にも紹介させて頂きました。

 

3時40分の北京行きの飛行機で瀋陽桃仙空港から飛び立ちました。

北京は薄曇りです。北京オリンピック以来大きくなった北京国際空港です。

  

 

 

 

 

 

真っ直ぐ、全聚徳(和平店)北京ダッグのお店に。

中国料理協会会長 蘇秋成会長、世界中国料理連合会 尚哈玲秘書長(女性)中国料理協会顧問 孫月娜顧問(女性)この女性達は一昨年札幌に来られており顔見知りです。

最初に富井日本中国料理北海道本部長から挨拶をして、蘇秋成会長の挨拶で「日本の中国料理は素晴らしく良く勉強もされ努力もしている姿みてきております、今後も交流が続くように努力しましょう」との挨拶。日本中国料理鈴木札幌支部長の乾杯で交流が始まりました。

 

  

 

  

23日、今日は歩く距離があるので万歩計を付けました。皆さん食のプロだけに、天安門近くの公設朝市を視察しました。野菜、果物、豆腐、肉、朝食売り場など活気ある市場を見ました。そして天安門散策、故宮と向う長い距離です。そして万里の長城へ向いました。途中国営レストランに寄り昼食これまた専門家に見てもらい注文しました。

 

 

 

 

 

 

 

   

只々満足し、一路万里の長城へ、前の来た時と高速道路の出口が違い遠廻りになっていて、いつもの男坂、女坂とは違う便利なゴンドラに乗って裏山まで行き違う男坂、女坂に出ました。女坂を20分登り帰り20分足がガタガタです。帰りもゴンドラに乗って帰ってきました。

夕方は慢性的な交通ラッシュに遭いましたが市内の高級しゃぶしゃぶ店で公式行事もなく、視察の疲れを取りながら思い出話しをしながら、和気あいあいに視察最後の夕食を済ませました。

 

24日、まだ暗い早朝ホテルを出て8時発の飛行機で北京空港を札幌に向けて飛び立ちました。そして定刻12時50分新千歳に到着です。着陸でホット安心しました。北海道はやっぱりいいな!!解散式後、帰宅いたしました。

皆さん有難うございました。ご苦労様でした。また、皆さんと行けたら良いですね。

 

 

 

夜は、中国駐札幌総領事 胡 勝才さんの離任パーティーに駆けつけました。

胡 勝才総領事は会場に入る時に、私に北京から駆けつけてくれて有難うございますと言ってくれました。4年間お勤めになられ任期で北京に帰られるのであります。歴代の中では長い任期であります。中国総領事として北海道と中国の掛け橋になって頂きお忙しい日々であったと思います。何度も総領事とは会談もさせて頂き、胡 勝才総領事の誠実な人柄にふれ、日本留学以来広い人脈を構築してきただけある親日家の方であります。本当にご苦労様でした。また、日本に戻って勤務されると信じています。

 

 

25日、議会にでまして打ち合わせ、小樽建設協会の要望を受けました。

 

 

26日、事務書類整理したのち石狩湾新港組合理事者と打ち合わせ後、

北海道電力川合副社長、酒井常務に対しまして、中松小樽市長関係者、田岡石狩市長関係者、私と石狩湾新港関係者が石狩湾新港に北ガスがLNG基地を建設中でありそれを利用して北電火力発電所を建設して頂くようにお願い致しました。これは、政府が計画している日本海側拠点港指定に大きなインパクトを与えることになるので、早急に決定をお願いしたいと要望。川合副社長は検討しているので前向きに考えたいと話されていました。

  

 

夜は、ちば英守連合後援会代表者会議・道政報告・懇親会を開催して頂きました。今後の後援会活動について協議して頂き、私から道政についての報告をさせて頂き、懇親を深めました。

 

27日は、今日は特段日程が入っていません。ホットしたのか疲労が溜まっているせいか、一日ボ~としていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

28日、朝から青空のもと幌西連合町内会の運動会に参加しました。町内の大人も子供も参加して、学校関係者も全面協力で盛り上がった運動会です。

 

午後から、事務所で書類整理をして、夜の20会の例会に参加致しました。

 

 

29日、朝から来客が数組おいでになりました。

午後、札幌市身障協会に浅香会長を訪ね、瀋陽市残疾人連合会 淘慶才理事長の件、報告しました。

 

 

30日、朝、凛葉会の秋の研修旅行の打ち合わせ。11時から、ある専門学校の道議会本会議場での研修に、私も参加し学生の質問に答えました。

午後事務所に戻り、来客と懇談致しました。その後書類整理。

民主党の新総理が野田佳彦さんになったようです。頑張ってください「国民の為に」「どじょう総理」とか命がけで頑張ってエールを送ります。


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近況報告 平成21年7月下旬

金曜日, 8月 07, 2009

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7月は雨が多い月になりました、曇り空、雨が多く気温が上がりません。農作物が心配です。

7月21日衆議院が解散にありました。自民党が混乱していましたが、両院議員懇談会を開催し麻生総理の心情を吐露することにより、わだかまりがなくなり一致結束して戦いを進めようと団結できました。また夜6時からの国民向けの記者会見は、麻生総理の真剣な語りで今までの取り組みの実績と半面反省すべきところをかたり頑張って行く決意を述べられました。あんな真剣な麻生さんを見たことがありませんでした。人間崖淵に立つといいものがでます。頑張れ麻生総理、自民党、誇りを持って自信をもつて国民幸福の為に頑張ってきた政権政党です。

  

15日から17日まで道議会来年度予算要望で上京し国会、中央官庁へ要望して参りました。私は新幹線・総合交通体系対策特別副委員長として、前日から入り情報収集に走り回りました。なぜなら要望書を手渡すだけの行為だけはしたくないのです、重要なところは直接伺いアポイントを入れ、森成之特別委員長がきちっと要望できるように時間を取っていただくように段取りで走りました。おおかた、道と打ち合わせした通り16日、17日財務省、国土交通省、横浜にある鉄道・運輸機構に要望が出来ました。ただ、今回廻ってみて感じたことは、8月末までに各省庁概算要求を財務省に来年度予算にあげますが、もし政権が変わって予算組み直しになった場合、物凄い予算編成組み換えの作業になることを危惧していました。負けられない選挙です。

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第30回少林寺拳法北海道大会が旧真駒内アイスアリーナで開催されました。それに先立ち、前日少林寺拳法グループ宗由貴総裁が来札されました。宗由貴総裁が父上故宗道臣開祖から昔来道された時の話を聞いておられていて小樽市銭函の話を聞いていたそうで、一度行って見たいと前からお聞きしていましたので、何人かの役員と銭函の漁師番屋へ御案内いたしました。思い出話に花が咲き夕食を共にしながら、週末に控えているインドネシア世界大会の開催についてテロ行為があったばかりなので心配されておりました。しかし漁師番屋の奥様の手料理に感動して頂き、御案内して良かったと思いながらどこかで父上を思い出しておられたと思います。

 

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大会当日は約1000人の拳士が全道各地から参加され、会場静寂の中鎮魂行の首座を初代連盟理事長西内先生が務めました。私が大会長とて挨拶を致しました。武道が教育界で見直されて少林寺拳法の良さを知って頂くチャンスの時です。皆で頑張って少林寺拳法の技法と教えを普及し、教えの「自己の幸福の為に、他人の幸福の為に」を追求して行きましょうと挨拶。来賓として、高井副知事、高橋道教育長、少林寺拳法拳士である中国駐札幌許愛平さんから祝辞を頂きました。

 

 

午後、本選終了後、宗由貴総裁から拳士に身近で優しく講話を頂きました。拳士にとって思い出になる講話だったと思います、きっと拳士は自信が持てたでしょう勇気が持てたでしょう。最後に人の為に何をすべきか、記念すべき30回大会になりました。本当に忙しい中、それも世界大会を控え来札された宗由貴総裁には感謝です。有り難うございました。

 

長谷川岳さんのお茶懇を一日担当いたしました。後援会の皆様にはお世話になりました。まだまだ行ないたいと思います。

 

英友会・歩む会合同ゴルフコンペを開催して頂きました。私もプレー参加しました。余りスコアはよくありませんでしたアウト55イン47でトータル102ですが、バーディもありパーもあり大変楽しくストレス解消になりました。

 

25日から8月1日まで北海道議会と中国黒龍江省議会交流を中心に交流を深めて参りました。中国黒龍江省議会交流は昭和59年黒龍江省を知事、三上道議会議長はじめ訪問して交流を始め、昭和61年友好提携調印以来隔年訪問を続けております。今年は、石井孝一議長団長、自民、加藤唯勝議員、私と、大崎誠子議員、吉田正人議員、民主、岡田俊之議員、長尾信秀議員、市橋修治議員、フロンテア織田展嘉議員、事務局一行13名で訪問致しました。私も中国は何度も訪問していますが公式道議会議員団としての訪問は初めてです。

 

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ここで簡単に交流報告いたします。25日は午後、新千歳直行便にて遼寧省大連市に入りました。大連飛行場には、黒龍江省議会 楊述森民族橋務外事委員会副主任、外事弁公室 張 宇課員、大連市外事弁公室 陳 宏氏が出迎えて下さりました。大連市の街ははじめてです。プラタナスの街路樹で統一され、近代的な高層ビルが立ち並びその谷間にロシア時代の建物があり、街には電車が走り、中国でありながらヨーロッパ的な街並みに何かロマンチックな始めての大連市との出会いでした。

 

 

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翌日、北京市に移動し、日中友好協会の歓迎を受けました。まず天壇公園視察をさせて頂き、夜は歓迎を込めて日中友好協会理事経済交流都市交流部副部長 郭 寧氏 、王 占起さん、王 磊さんが歓迎レセプションを開いて下さり。日本勤務もある郭 寧氏が日本の政治、近くある衆議院議員選挙の行方を分析され、日中交流のあり方を述べられていました。

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翌日は、札幌市の北京事務所を訪問しました。可児敏章室長、道銀派遣 中島康成室長代理から北海道とも連携して様々観光・物産などの事業をしている説明を受けました。その後市内イトーヨーカドー店を視察、女性コーナ、男性コーナ、食品コーナと廻りましたが日本のイトーヨーカドーと何も変わりのない店舗に違和感を感いませんでした。

  

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その後は北京オリンピックメイン施設を視察、見学者も夏休みとあって多く(感じ1万人位)入場料で維持がでそうです。

その夕方、黒龍江省へ向いました。約北京空港から約1時間45分でした。ハルピン飛行場は夕暮れで涼しくなっていました。飛行場の貴賓室に通され、黒龍江省人民政府外事弁公室副秘書長 劉 福氏、道庁勤務経験のある副主任 王英春氏 日本担当 李 勝彬氏などが迎えに来てくださり名刺交換を致しました。その間荷物はバスに積まれ市内に向いました。向う高速道路は街路樹で森のようになっていて環境に配慮していることが分かります。市内の入り口の街並みは車のディーラが立ち並び車社会を匂わせます。古い街並みを越えると新開地のような高層ビルが建ち並びます。

 

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ホテルに着くなり早速歓迎レセプションです。外事弁公室副秘書長 劉 福氏の歓迎に挨拶のあと乾杯、その後石井議長から訪問挨拶を致し和やかに会食が始まりましたが、そのうち中国式の乾杯、乾杯の嵐が続きました。いささかこの儀式に慣れている私も、いかに私達を歓迎しているかわかります。

  

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翌日28日黒龍江省政府を公式訪問しました。出迎えたのは 程 幼東副省庁はじめ、張 永洲教育長、郭 銘玉体育局長など幹部が私達と会談いたしました。程 幼東副省庁も体育関係で数年前札幌に来たことがありますがとても綺麗な印象で、ラーメンが美味しかったとの印象を話され、これからも経済・農業・林業・観光と交流を深めましょうと挨拶されました。石井議長も議会交流を深める中で、様々相互に助け合いをしながら道民・省民ために貢献しましょうと挨拶。

 

兼ねてから行って見たかった中国では有名な遠大グループ遠大デパートを視察致しました。

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3年前、高橋はるみ知事、高橋文明議会議長が参加してはじめて北海道物産展をハルピン市で開催致しました。人脈を持たなかった当時の道庁経済部中国派遣職員が頑張って物産展を開催しました、会場を見たかったからです。その力になってくれた方が、遠大デパートの日本人副社長の森秀奉氏でした。お尋ねしてこれかの北海道物産をハルピンに贈るにはどうすればよいか率直にお聞き致しました。森さん曰く、単品数千個で輸入しても採算が合わないので、中国内で荷受商社を作らなければならないでしょう、なぜなら税関を通すのに2、3ヶ月かかると賞味期限内で売れないので、例えばAデパート、Bデパート、Cデパート、Dデパートと仕入れが出来る商社が必要であり、10、000個ケースを2000個、3000個、4000個、1000個と配給できることができ消化しやすいとのことでした。その後店内を視察致しましたが、日本のデパートと変わりなく、森副社長が日本のデパートのように階の組み換えを行いデパ地下で食料品を並べたそうです。綺麗なフロアーです。

 

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昼食後、ハルピン郊外にある経済技術開発区の九三油脂工場を視察致しました。この日は休日で、工場は視察出来ませんでしたが、責任者が工場の説明をして頂きました。大豆を食料油に作り上げる近代的大型工場でハルピンの優良工場の認定を受けています。確かに遠大デパートの地下には九三油が数多く販売されていました。

 

 

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夕方市内の戻り中心部ロシア時代の建物が立ち並ぶ中央大街(若者ファション街を散策し、観光客の多さにビックリ致しました。

 

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夜は、松花江対岸にある迎賓館で黒龍江省人民代表大会(議会)常務委員会表敬訪問を致し歓迎を受けました。場所は最近出来た黒龍江省大きな迎賓館でした。ホテルに帰ると午後7時過ぎで大急ぎで松花江河畔に行き、真っ赤な夕陽を見に行きました。河畔には市民が夕涼みをする方、釣りを楽しむ方、体操をしている方、散歩をしている方々など沢山の市民がおります。先人が松花江に落ちる夕陽は素晴らしいと聞いていましたのでチャンスがありましたのでカメラに収めました。

 

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29日は、ハルピンからバスで2時間大慶市を訪問致しました。大慶市は、人口150万人周辺含め270万人の都市で、中国有数の油田地域です。約40年前に石油を発見埋蔵量約60億トンあり、毎年4000万トン産出して100年間の油田にしたいとのこと。僅か40年で作り上げた街であるが、周辺は広大な湿地帯を囲むように街をつくり、湖や緑を自然を大切にして来ました。そしてお年寄りや社会的弱者に優しい街づくりをして来ましたと大慶市人民大会 展 主任(議長)から説明を受けました。その後石油博物館を視察、現地の石油の歴史を学びました。

  

  

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夜の黒龍江省最後の晩餐会、黒龍江省の外事弁公室の職員さんは疲れ果てている感じです。お酒も最初の歓迎会の時より少なめです、私がいささか感じたので、ある職員に伺いました、今回公式北海道議会訪問にあたり公式訪問の対応は副省長であり副議長であったことが気にかかる何かあったのですかと率直にお聞き致しました。実は鉱山事故がありその報告で急遽北京に行っているとのことでした。大変申し訳ありませんですから副秘書長はじめ外事弁公室、議会があげてお供していますとお聞き致しました。今回黒龍江省側の想像以上の歓迎と細心の気配りをして頂きやはりそうだったのかと思いました。有難い心でいっぱいです。友好の絆を感じます。

  

 

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30日は、黒龍江省ハルピンでの交流を終え、大連に向いました。昼過ぎ、日本の大きな企業の入っている森ビルの中にある、日本国在瀋陽総領事館大連出張所にお尋ねして、遠山茂所長、中村実領事から、大連の現状をお聞き致しました。日本人にとって暮らしやすいところで、親日であること、日本企業が多く進出して、中国人が日本語を話せる市民が多いこと、日本に近いことなどを挙げ、中国東北部遼寧省の窓口として益々大きくなるであろうと感想を述べておられました。

  

 早田 武志その後、同じビルにある北洋銀行の大連出張所 竹岸 誠二所長と道庁派遣の早田 武志副所長から今後の課題を含めて、税関のクリアをどう対応するかなど、北海道物産を送り込むのは大変であるが、中国企業紹介と北海道企業の縁結びを積極的に行なって生きたいとの説明を受けました。

 

 

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大連で1番大きな星海広場で世界中のビール祭りを行なっています。日本のビールも出店しているようですが、さっぽろビールが参加していないとのことで残念でした。その横を通って国際展示場を視察、大きなイベント会場です。1階は展示場、2階は3000人が入れるコンベンションセンター、3階4階は会議場となっていました。国際化を意識した2っ目の会場だそうです。

 

 

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31日は、大連ハイテクパーク(高技術産業遠区)の中にある大連毅信軟件有限公司実質社長 白石久充の会社を訪問致しました。白石社長は北海道工業大学卒業後、東芝でITの仕事をしていたのですが、中国に製品の依頼をしても思ったものが出来ないことから単身大連に会社を興し日本企業向けに製品を作り、或いは大連IT産業と連携しながら製品を送り出しています。全て日本向けですから中国人社員も日本的経営を学び、日本を理解し何を求められているかを教えています。私達がお邪魔すると全員が起立して流暢にいらっしゃいませと迎えてくれました。設立して5年ですが何とかやっていますと白石社長の給料も12万円で社員を会社の都合で首にはしないと言い切り忘れかけた日本型経営を思わせるチャレンジを行なっています。頑張ってほしいです。

  

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午後は、旅順に行きました。その名は日露戦争の舞台でした。2006年から大連交通大学情報システム学院中国語・文化センターを視察しました。この施設は、中国が将来高齢化を迎えるにあたり、何が必要なのか、どうすれば良いのか、日本人の高齢者に短期滞在をして頂いて中国語や中国文化を学んで頂き、交流の中から学生達が様々学びたいとの施設とのことでした。1日6000円、1週間3万5千円、2週間6万円、1ヶ月8、3万円です。学費・宿泊・食事・管理費・空港への送迎料が含まれています。個室でトイレ・シャワー付きで大きな部屋には風呂も付いています。学院長も是非北海道のお年寄りにおいで頂きたいとお話されていましたが現在日本人は4名とのこと、まだ良く知られていない施設です。

 

 

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 最後に今では観光地になっている旅順203高地の戦場であった山に行きました。眼下には旅順港が遠くに見え、そこから攻めた日本軍と山から防戦したロシア軍とは思えないほど今では山林が生茂っていました。山頂には乃木大将揮毫の日本軍戦士の慰霊碑が建っていた。悲しい歴史ですが平和の大切さがしみじみ感じました。

  

今回の黒龍江省議会交流に参加出来て本当に良かったと思います。大連・北京・ハルピン・大慶・大連・旅順と余り視察した事のない場所を視察が出来ました。広い中国東北部を廻り経済成長を果している中国ですが、成長の影に成長とリスクを抱えている部分も予感もします。格差社会は日本より凄まじいものです。はじめて中国へ行ったのが14年前北京はネオンもなく暗い街でしたそして街路灯の下を人々は自転車で活動していました。今では車社会です自転車で移動している人は稀です。大連の街は人で溢れレストランは市民で溢れています。ハルピンも高層ビルが立ち並び車社会でした、遠大デパートも1日1億円の売り上げ年間360億円、札幌のデパートは1日1億円売り上げていますか。社会主義体制に市場主義を取り入れ壮大な実験を行なっている中国です、国民が我武者羅に生きている姿、国際社会の一員としての地位を獲得すると言う依然の問題で、この時代に乗り遅れないで生きたいとの国民性を感じています。これからもチャンスがあれば中国に行く機会があるでしょうがその中国との政治・経済・福祉・文化スポーツ等交流を通じて真剣に真摯にお付き合いして行きたいと思います。

 

 

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最後に黒龍江省議会 楊述森民族橋務外事委員会副主任、外事弁公室 張 宇課員が黒龍江省ばかりでなく全ての工程を最初から最後大連を発つまで同行頂き様々ご配慮を頂いた友情とご恩を忘れません。来年是非札幌でお迎えしたいと思います。


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近況報告 平成20年9月上旬

木曜日, 9月 18, 2008

 菊薫る9月になりました。毎回1ヶ月を上旬と下旬の2回に分けて近況報告をさせて頂いておりますが、毎日の会議や会合に追われて十分なご説明になっておりませんこと申し訳なく思っております。 福田総理の突然の辞任、政局がこんなに急変するものかと思っていますが、現実ですね。

 

 北海道東北経済交流視察の報告を致します。9月1日から5日まで、中国東北部、長春市、瀋陽市、大連市を道庁が20年も前から行なっております、北海道東北経済交流視察団の一員として出張して来ました。新千歳空港から仙台空港へそして長春市へ入って行きました。はじめての長春市です。空港から市内に入るのは高速道路ですが、周りはトウモロコシ畑です。かつては、満州国の最高行政機関国務院があり、溥儀皇帝が居住し関東軍司令部があったと聞いています。突然、福田総理の辞任のニュースが1日の夜、長春市のホテルでNHK BSのニュースで聞きました。午前中防災の日であり、官邸で総理が小走りで行動している姿をニュースで見てきたばかりなのですが、突然でびっくりしました。悩んだことでしょうが、政権維持をするために国民に直接語りかけて福田総理が成す事を説明すべきであります。残念です。次は自民党の総裁選挙となり、次期総理が決定していきます。果してどなたが新総理になることでしょう。外国で日本のニュースがタイムリーに入って来ております。日本のホテルや旅館に外国放送はあまり普及していません。観光立国としてはもう少し努力をしなければなりません。
 

 

 

 9月2日は朝、「第4回中国吉林・北東アジア投資貿易博覧会」の会場へ、千葉県の幕張メッセ会場以上の広い展示会場の連続で、スケールの大きさを感じます。開会式は参加出来ませんでしたが、中国副主席が出席し中国でも大々的に力を入れている大プロジェクトであります。展示場ではアジア国のそれぞれのブースに各種商品を売り込み、日本は秋田県・鳥取県など参加していましたが、北海道も北洋銀行のブースに北海道企業が参加し商談をしていました。
 

 

 3日目は長春市商務局主催の日本との商談会開会式に出席、松本盛雄在瀋陽日本総領事も来賓としてご挨拶されておりました。その後、その場所で北海道からの団と長春市企業との商談会が具体的に行なわれました。まずまずの商談会でした。 午後は、バスで遼寧省瀋陽市へ向かいます。車で約4時間です。高速道路を走り両側はただただトウキビ畑です。夕方、瀋陽市に入ってきました。東陵公園側から市内に入ります。懐かしいです。瀋陽市は札幌市の友好都市で私は2年ぶりの訪問で10数回の訪問になります。私にとっては「中国のふるさと瀋陽」ですから、市内の両脇は高級マンション(集合住宅)が立ち並び落ち着いた雰囲気で発展を遂げています。毎年20数%の成長だそうです。市内の中心部は地下鉄工事が進み、10月末には南北・東西線が開通するそうです。瀋陽北駅の前側の土地は、昔は何もなく将来の開発地域と聞いていましたが、高層金融ビル街になっていてびっくりです。夜は、遼寧省対外貿易経済合作庁の副庁長王慶明を表敬訪問意見交換、その後、遼寧省対外貿易経済合作庁の歓迎夕食会で懇談致しました。もっと経済交流を盛んにしましょうとのことですが、私はすかさず「札幌-瀋陽便」の復活をお願い致しました。

 

 4日目の朝9時半から遼寧省対外貿易経済合作庁主催の北海道団との商談会で、予想以上の多くの瀋陽市の商社・企業が集まってくれました。北海道銀行、北洋銀行の根回しのお陰だと思います。北海道製品に感心が熱く昼間でビッチリかかりました。伊勢丹も瀋陽に進出しており担当部長も顔を出しておりました。数多くの引き合いがあり、東北3省の中心地だなと感じました。 午後は、瀋陽市郊外にある鉄嶺市の広大なハイテク産業開発区を視察致しました。環境政策に力を入れていますので、リサイクル産業工場を視察致しました。本部で説明を受けましたが、1期・2期・3期の計画ですが、将来10万人の労働者が働くことの出来るハイテク産業開発区になります。交通も鉄道・高速道路に挟まれている土地です。大きく発展するでしょう。

 

 夜は、団と離れ、瀋陽市の友人達が歓迎夕食会を開いてくれ、2年ぶりの再会を楽しみました。この友人達は一生の宝です。 5日目、帰国になります。瀋陽市を朝6時出発、大連に高速道路を走り5時間です。これまた両側はトウキビ畑です。11時大連の高速道路を出たとたんバスのパンクです。11時半には空港へ入らなければなりませんが、添乗員さんの機転でタクシーを呼んで空港へ予定通り入り、13時の成田行きに乗り帰札出来ました。今回、中国東北部を視察したかったのは、実際どんな交渉があり、何が必要で、何を求めているのかを知りたかったからです。実際日本と中国との法体系や経済体制が違うのは知っていますが、その中で何が出来るかです。ニーズに応えて行くことが大切です。今回は、北海道銀行が瀋陽・北洋銀行が大連に出張所を出し、それぞれ頑張って北海道との経済交流が出来るように、人脈・情報など一汗も二汗もかいてくれている若手の社員の皆さんに敬意を表したい。この視察団も今回で20回目です。数々積み上げております。チャンスがあればもう一度、黒龍江省を含めて団と共に行きたいと思います。
 
 翌日、自治消防60周年の記念式典に出席。昼、中国瀋陽市代表団を迎え昼食会が札幌市の主催で開催され出席致しました。日本会議北海道支部10周年の講演会に出席、慶応大学竹田教授の「皇室のいやさか」について講演戴きました。 前日委員会に続き、第3回定例会が始まりました。詳しくは次回に報告致します。

 

 自民党総裁選挙も本格的になりました。札幌にも遊説「立会い演説会」がありました。約8,000人の観衆の前で5人の候補が訴えていましたが、私は活きた経済がわかる麻生候補を応援致しております。詳しくは次回に報告致します。


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